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ハーレクインもどき -番外編⑫- 〔やっと最終回〕

はじめに

この長文記事は、ブログ連載の「エルフィーでハーレクインもどき書いてみる」の番外編です。新帝国歴1年8月、ロイエンタール邸で開かれた夜会に集まった人々の人間模様を、帝国軍オールキャラキャストを目指して書きました。最低1話1笑を目標にしましたが、達成できたかどうかは、ご覧になって下さったお客様のご判断。12話完結です。
長くなってしまった為、ブログを辿るのが面倒だろうということで、読みやすいように、倉庫に収納しました。検索などではじめてここに辿り着き、「最初から読んでやろう」という奇特な方は、↑の「Log&Presents」をクリックしてこちらからどうぞ。

「エルフィー、僕達も踊ろうよ」
 そう言って、エルフリーデに手を差し伸べたのは、マールバッハ伯爵家の子息だった。 ロイエンタールは、母の死以来、絶縁状態だったマールバッハ家と、結婚を期に不承不承ながら親戚付き合いを始めることになってしまった。三女だった母レオノラの兄や姉達には、彼よりも幾分年上の従兄や従姉がいて、彼等の子供達には、エルフリーデと同年代の者も多かった。同じ貴族同士で年齢が近いこともあり、彼等はすぐに仲良くなった。
 エルフリーデも、歳の離れた皮肉屋な夫よりも、優しい少年たちとの方が、ずっと打ち解けている。表層には出さないものの、ロイエンタールにはそれがあまり愉快ではなかった。
「ええ、いいわ。ロベルト」
 エルフリーデはそう応えると、ロベルトと呼ばれたロイエンタールの従兄である現マールバッハ伯爵の長男の手をとった。ギムナジウムの最上級生で、エルフリーデより一つ年下のこの少年は、貴族の気品と美貌を兼ね備え、彼女のお気に入りの一人だった。
「オスカー叔父様、奥様をお借りします」
 ロベルトが、殆ど形式だけの断りを入れると、ロイエンタールは、僅かな不快感を押し殺して無言で頷き、彼を完全に無視して目の前を通り過ぎる妻の華奢な背中を見送った。
「今日の君は本当に綺麗だね。そのドレス、とっても似合っていて、まるで本物の妖精・・・うんん・・・女神様みたいだ」
 頬を高潮させ、あらん限りの賞賛をする少年に、エルフリーデも若干癒される思いだった。どうせ、あの男は、自分がどんな姿をしていようと興味などないに違いない。
「ふふ、ありがとう、ロベルト。お世辞でも嬉しいわ」
 そう言って、誰も真似のできない軽やかなステップを踏んで踊る伯爵夫人に、パートナーの少年は、大げさなくらい首を振った。
「お世辞なんかじゃないよ。今日は、女学院のコ達も大勢来ているみたいだけど、君が一番綺麗だよ。・・・・ダンス、上手だね。ずっと習っていたの?」
「いいえ。社交ダンスは、始めたばかりよ。でも、バレエとスケートを四つの時から習っていたわ。私、ジャンプが苦手で12歳の時からアイスダンスのレッスンを受けていたのよ」
 エルフリーデは、旧社会で貴族のみに許されていた競技を懐かしむように答えた。
「ほんと? すごいなぁ・・・僕なんか、学校でホッケーしかやったことないから。あ、携帯持ったんだって? 後でメアド交換しよう」
「ええ」
 二人がそんな他愛のない会話を交わしている時、それまで静かに座してマンゴージュースを飲んでいた皇帝が、シュトライト中将に目配せして何事かを命じた。
 シュトライトは、軽く一礼すると、その場を離れ、会場内を見渡して目的の人物を見つけると、音もなく近づいていった。

「ねえ、次は僕と踊って、エルフィー。僕ともメアド交換しようね」
 一曲目が終わった時、今度は別の少年が声をかけた。レオノラの姉の孫、ロイエンタールにとっては従姉に当る女性の息子で、幼年学校の生徒だった。
「ええ、いいわ」
 エルフリーデは気軽に応じると、その少年と二曲目を踊り始めた。そのやや斜め後方では、ファーレンハイト夫人となったベルタが、シュトライト中将から何事かを打診されていた。
 ベルタは、シュトライトと二言三言会話を交わして彼が去ると、傍らの夫と弟に向き直った。
「さてと、私達は、これから、宇宙一の美男子と宇宙一の色男のお相手をしてくるから、あなた方は、ファンサービスに務めなさい」
 ベルタはそう言って軽く手を振ると、ビアンカを促して皇帝の居る方へ向った。
 二人の気遣いを察したファーレンハイトとビッテンフェルトは、周囲に散らばるそれぞれのファン達に声をかけ、皆とダンスをする意思を伝えた。
 全艦撃沈状態のファーレンハイト同盟とビッテンフェルト組の面々が、全員満面の笑みで再浮上したのは言うまでもない。
 二人の上級大将は、一人2フレーズほどでパートナーをチェンジし、公平に少女達に一時の夢を与えていく。
 ファーレンハイトは、どこで覚えたのか、踊り慣れた様子で、巧みに相手をリードしている。ビッテンフェルトは、昨日ビアンカと猛特訓した成果をいかんなく発揮し、一夜漬けとは思えぬ巧さで、彼には似つかわしくないことを意外なほどスムーズにこなしていった。
 その様子を眺めていたミュラーは、ここは二人に倣うのがマナーと判断し、ファンクラブのメンバーに同じように対処してやった。

 宴も酣になった頃、比類なき美貌の皇帝が、重力を感じさせない所作で椅子から立ち上がると、流麗な足取りで数歩歩みを進め、一人の女性に向って手を差し出した。
 周囲からどよめきが起こる。
 ベルタは、軽く膝を折ると、その手をとり、今宵、皇帝から最初のダンスを申し込まれる栄に浴した。
 皇帝からファーレンハイト夫人となった彼女への、ささやかな結婚祝いのつもりだった。
 ラインハルトは、幼年学校の一般教養として社交ダンスを一通り学んで以来、実際にパーティで踊ったことは滅多になかった。その場にいたほぼ全員が初めて目にする皇帝のダンスを、固唾を呑んで見守った。
 慣れていないせいか、当初若者の動きはどこかぎこちなかったが、それでも、相手を気遣い、年上の女性を精一杯リードしようとする初々しさが感じられた。驚いたことに、たった数分間の中で、終盤にさしかかる頃には、すっかりコツを覚えたように、見事な身のこなしでステップを踏んでいた。
 やがて、人々は、艶熟した美しい人妻と優雅にワルツを踊る皇帝の姿を、芸術品を眺めるように見惚れていた。
 同じ頃、ビアンカは、夜会の主催者である邸の主人の前に進み出て、そっと右手を差し出していた。既に妻帯した帝国軍一の漁色家に対し、この機会を狙っていながらも一歩踏み出せず、遠巻きに見ていた周囲の貴婦人方から、ビアンカに対して一斉に羨望の眼差しが注がれた。金銀妖瞳の元帥は、無造作に美貌の秘書官の手をとると、鮮やかに身を翻してワルツを踊り始めた。
 ミッターマイヤー夫妻が互いに目を合わせてポジションをとり、ワーレン、ルッツ等もつられるように適当な相手を見つけて輪に加わる中、ケスラーやオーベルシュタイン等の軍務省関係者は、周囲を警戒するように、警護の者に指示を出すと、自らはライトの届かない会場の端に下がり、後ろ手を組んでダンスに興じる面々を凝視していた。
 次の曲を、ラインハルトとロイエンタールは、互いのパートナーをチェンジした。
 ビアンカは、ラインハルトがローエングラム伯爵家を継いだ頃からの知己であり、ロイエンタールもビッテンフェルトの姉の軍医としてのベルタを見知っていた。
 少し間を置き、その次の曲をビアンカは上司である工部尚書と、ベルタは、メックリンガーと踊った。
 その様子を指を加えて見ていた△組の4人は、はっと我に返ると、若手有望提督の意地と面子にかけて、近くの女性に声をかけはじめた。
「申し訳ございません。ちょっと先約がありますので」
 バイエルラインが、心臓が飛び出す思いでダンスを申し込んだ某令嬢は、素っ気無く断ると、テラス脇で部下に警護の指示を出しているフェルナーに向っていった。
 上司のお供で渋々同行し、元々夜会を楽しむつもりなどないフェルナーは、当惑した。まして、貴族令嬢とダンスなど思ってもみないことだった。しかし、女性に恥をかかせてはいけないという最低限のマナーを心得る彼は、結局その令嬢の手をとって、慣れない所作でワルツを一曲踊ることになったのである。
『なぜ? なぜだぁぁぁぁぁぁ?????? なぜ俺よりフェルナーなんだぁぁぁぁぁぁ!!!!』
 バイエルラインは、声にならない絶叫を上げた。
 
 
 一方、ロイエンタール艦隊随一の若手有望株シュラーもパートナー探しに余念がなかった。
 シュラーは、豪奢な金髪に美貌の青年で、用兵家としても非凡な才能を発揮し、二十代の若さで提督と呼ばれる身である。にもかかわらず、なぜか女ッ気がまるでなく、存在感が極度に薄くて、よく「誰だっけ?それ」で片付けられてしまうのが玉に瑕であった。  そんな彼が、一念奮起して、目の前のブルネットの髪の少女にダンスを申し込んだ。
「すみません。急いでおりますので・・・」
 少女はあっさりそう言うと、足早に去り、前方にベルゲングリューンの姿を見つけると嬉々とした足取りで駆け寄った。
『なぜだぁぁぁぁぁぁ?????? ロイエンタール艦隊で一番若くて男前は俺だろ? なぜ、あのおっさんなんだぁぁぁぁぁ!!!!!』
 シュラーは、声にならない絶叫を上げた。

 次世代双璧候補のグリルパルツァー&クナップシュタインと、自称「今夜の主役」のトゥルナイゼンの3人は、丁度一息吐いてカクテルを飲んでいるビアンカを虎視眈々と狙っていた。3人の視線は、ずっと彼女の胸の谷間に注がれている。
『よし!今だ』
 3人が同時にビアンカに向って進攻を開始しようとしたまさにその時、崇拝者全員へのファンサービスを終えたファーレンハイトが、水色の瞳を彼女に向けると、優雅に手を差し出した。
 ビアンカも自然な所作でその手を取る。
 折りしも時刻は午後10時をまわり、楽団が、音あわせの合図で、ラスト二曲であることを知らせている。
『これで完全制覇ね』
 ビアンカは、ほくそえんだ。
 皇帝、ロイエンタール、シルバーベルヒ、ファーレンハイトという帝国の「いい男四天王」全員とダンスを踊るという帝国婦女子の誰もが憧れる偉業を、彼女は一夜にして成し遂げたのである。
 またもあぶれてしまった3人は、今度はその視線を、美しい軍医中佐へと向けた。
 だが、またしても彼女の手をとったのは、夫の僚友である義手提督だった。
『うっ・・・うっ・・・俺も彼女欲しい・・・いや、結婚したい・・・』
『むなしいよな・・・遠征から帰還する度に娼館通いなんて・・・』
『くそっ・・・! 俺もダンス踊りてぇ・・・』
 △組は、目の前で繰り広げられる華やかな光景を、ただじっと指を咥えて見ているしかなかった。

 最後から二曲が始まった直後、ラインハルトは、それまで踊っていたヴェストパーレ男爵夫人に一礼すると、邸の女主人の姿に目を留めた。
 真っ直ぐに歩み寄る皇帝に、エルフリーデは礼に則ったお辞儀をしたが、差し出された手をとる時、一瞬僅かに躊躇した。
 それでも、今夜の主催者として、主賓である皇帝の面目を保ち、恙無く夜会をお開きにしなければならないことは充分承知していたので、彼女は胸の中に蟠るいくつもの感情を押し殺してダンスのお相手を務めたのである。
 すっかりダンスに慣れて、華麗にステップを踏む若者に、エルフリーデもよく合わせている。
 ラインハルトは、手に触れた伯爵夫人の身体のあまりの儚さに、珍しく胸の奥に痛みを感じていた。
 ロイエンタールが、リヒテンラーデ一族の女性と結婚すると聞いた時、彼の脳裏に真っ先に浮かんだのは、眼光鋭い老獪な宮廷政治家の姿だった。信頼する最古参の幕僚の配偶者として、当然、いい気はしなかったが、臣下の私生活に干渉しないのが名君であるという信条を持つラインハルトは、ロイエンタール本人が決めたことならと、自分の中で折り合いをつけた。
 ところが、結婚式で初めて花嫁の姿を目にした時、彼は、そのあまりに幼く可憐な姿に、少なからぬショックを受けた。16歳になったばかりだという少女は、嫌でも15歳で拉致同然に後宮に納められた姉の姿を連想させた。そう思った途端、リヒテンラーデ一族という出自に対する拘りは払拭され、まだ少女の身で一族の為の結婚をする彼女が痛々しかった。
『いや、相手はロイエンタールなのだ。姉上とは違う』
 ラインハルトは、酒色に溺れ年齢よりかなり老け込んだ旧王朝の皇帝と、美丈夫の青年提督とを思い比べて、自身を納得させた。
「伯爵夫人。ロイエンタールは、あなたが一生を委ねるに足る男だ」
 優雅にターンを繰り返しながら、金髪の覇者はそう囁いた。
 エルフリーデは、黙っていた。反論したいことは山ほどあるが、ここで言いたいことを全部吐き出す程、彼女も子供ではなかった。
「あなたが、予に対して、虚心ならざることは解っている。だが、予はそれでも、あなたには幸せになって欲しいと思っている。だからあなたも、ロイエンタールの支えとなって欲しい。それが予の願いだ」
 皇帝の静かな言葉が続いた。
『フロイライン・マリーンドルフと同じことを言うのね』
 エルフリーデはそう思いながらも、僅かに目を逸らし、
「・・・努力いたします」
 と言うのが精一杯だった。
 それでも、皇帝は、一瞬、少年のような笑顔で頷いた。その顔が、ふとエルフリーデに既視感を覚えさせたが、この時は、その意味に気づくことはなかった。
「奥方をお返しする。ロイエンタール元帥」
 曲が終わると、皇帝は、伯爵夫人の手をとり、そっと彼女の夫に引き渡した。
「御意」
 金銀妖瞳の男が、その手を引き取ると、楽団が最後の調律を始めた。
「陛下」
 それまでヒルダと踊っていた芸術家提督メックリンガーが、若い君主の前に恭しく進み出た。
「恐れながら、お願いの儀がございます」
「なんだ? 珍しいではないか、メックリンガー。今宵は無礼講。堅苦しいことはなしだ。予にできることなら、何でも言ってみるがいい」
 鷹揚に答えた皇帝に、メックリンガーは尚も平身低頭で言葉を継ぐ。
「では、お言葉に甘えましてお願い致します。私は最後の曲は男爵夫人のお相手をしなければなりませぬ故、陛下には、ぜひ、フロイライン・マリーンドルフと踊って頂きたいのですが、お聞き入れ頂けましょうか?」
 言葉が終わらない内に、当事者二人は同時に顔が沸騰した。
 そこに居たのは、史上最大の征服者と帝国随一の才女ではなく、世慣れぬ若者と奥手な娘の二人だった。
「そっ・・・そ・・・そうだな。・・・それでは、仕方ない・・・いや、よろこんで・・・」
「へ・・・へいか・・・いえ・・・そんな・・・恐れ多い・・・」
「フ・・フ・・フロイライン・マリーンドルフ・・・よ・・よろしければ・・・予と・・予と・・」
「・・・はい・・・陛下・・・仰せに従います・・いえ、光栄でございます・・・」
 今時、中学生でももっとましな反応をするわと思いながらも、二人を見ていたヴェストパーレ男爵夫人は、くすりと微笑してメックリンガーを促した。
 それでも、ラインハルトは、異常な胸の高鳴りを抑えつつ、ヒルダの手をとってポジションに着く。これだけ長い間一緒にいて、初めて彼女にまともに触れるのだ。ほっそりと華奢な体型と思っていた高貴な女性の、意外な程に豊かな胸を目の前にして、本当に心臓がパンクしそうだ。
 ヒルダはヒルダで、人類史上最高の芸術作品ともいうべき男に抱きとめられ、日頃の怜悧さをすっかりなくしてパニック状態だった。
 それでも音楽が流れ出すと、自然と身体がワルツを踊っていた。
 ふと、今夜、ほんの気まぐれで、いつものパンツスーツではなく、ワンピースを着てきたことを、心の底からよかったと思っているヒルダだった。
 光り輝く太陽神と知恵(ミネルバ)神の如き二人の姿は、漸く半身を得たようにひたりと一対を成し、より一層輝きを増して周囲を照らした。

 ベルタとビアンカは、最後のパートナーチェンジをして、ラストダンスを本命の相手と組んだ。誰と踊っていてもそれなりに様になっていた二人だったが、やはりこの姿が、誰の目にも一番自然に映る。
 メックリンガーと男爵夫人は、相変わらず華やかさで人目を引いている。
 本命のいないミュラーは、ファンクラブの女の子達全員にサービスを終えると、周囲でラストダンスの相手をめぐって、バトルが勃発しそうになった。険悪になりそうな雰囲気をいち早く察した好青年は、専ら宥め役に徹し、結局最後のダンスは誰とも踊らなかった。
 もっとも、この彼の気配りが、後にまた一騒動起こす切っ掛けになってしまったのだが。
「ミュラー提督は、私と一番長く踊って下さったわ」
「あら、私の手を一番強く握り締めて下さったのよ」
「私とは、お話して下さって、お優しい言葉をかけて下さったわ」
 ミュラーとダンスをした少女達は、拒絶しない彼の態度を、勝手にポジティブに解釈して更に妄想を膨らませている。
 ファーレンハイト同盟、ビッテンフェルト組、工部尚書夫人候補者連盟が相次いで解散を余儀なくされる中、ミュラーファンクラブは、その後も人員を着実に増やしながら、当分の間、健在だったそうな。

 中庭中央付近では、暫く休んでいたミッターマイヤー夫妻も、もう一度向かい合って今宵最後のダンスを楽しんだ。
 オーベルシュタインにご執心のルイーゼは、流石に彼がダンスをする男でないことを察し、たまたま近くにいて申し込んできた青年の手をとった。
 シルバーベルヒは、彼を待ち構えていた数名の女性達に向って、さも残念そうなポーズを作って見せた。
「どうも、踊り疲れてしまったらしい。今夜はこの辺で退散するとしよう。すまんが、卿等代わってくれないか?」
 そう言って、△組に情けをかけてやった。
 工部尚書に群がっていた女性達は、代役の若手提督達と手をとることになったのである。
 こうして、女性達に無視しつ続けられていた△組も、シルバーベルヒの粋な計らいで、最後に僅かに報われることとなった。
 

「なかなか上手いじゃないか」
 ロイエンタールは、皮肉な口調とは裏腹に、上機嫌で幼な妻の細い腰に手を回し、彼独特の力強さとしなやかさの完璧な均衡で華麗にワルツを踊る。
 エルフリーデは、「当然よ」と言わんばかりに、夫を睨み付けた。
 彼には話したことも、話す気もないが、彼女は子供の頃は、アイススケートの地区ブロッククラスのシングル競技者だった。一流とは言えないまでも、アスリートの端くれだという自負もあるし、平行して習っていた古典バレエも、プロになれる程の才能はなかったが、一緒にレッスンを受けていた仲間達の中では、一番上手かった。スケートの方は、12歳の時、コーチの勧めでアイスダンスのレッスンを主体とするようになり、一通りのエレメンツを教え込まれた。ワルツもタンゴも、氷上で踏むステップに比べれば、地上での社交ダンスなどエルフリーデにとっては、子供だましだ。
「お前こそ。野蛮人のわりには、まあまあだわ」
 愛想の無い口調でそう言ったものの、エルフリーデは、内心で一緒に踊る男の身のこなしに舌を巻いていた。
 また、いつものように、胸の奥がつくつくと痛んで、身体が熱い。
 考えてみれば、寝台の上以外でこの男に触れるのは、初めてのような気がする。自分達は、それくらい険悪な夫婦なのだ。
『この男、士官学校に行ってなければ、帝国スケート連盟に確実にスカウトされていたわね』
 不思議なことに、大嫌いなはずの男は、初めて一緒踊るとは思えないほど、今までのどのパートナーよりも息がピタリと合った。相手の呼吸や、先の動きが何故か読めて、自然に身体が動く。それは、競技経験のある者にしかわからない、一種独特の感覚だった。
「ペアやアイスダンスで成功する鍵は、個人の才能半分、本当に安心して身を委ねられる相手に出会えるかが半分。残念ながら、運命のパートナーに出会える幸運は、誰にでも平等に与えられるものじゃないわ。だから、これだと思う相手に出会ったら逃がさないことね」
 エルフリーデは、アイスダンサー出身の女性コーチのそんな言葉を思い出していた。
 ふと、この男となら、自分は帝国五輪クラスの選手になれたかもしれないという思いが頭を過ぎり、慌ててそれを振り払った。
『バカね。私ったら、何を考えてるのよ。第一、この男と私とは、歳が離れ過ぎているわ』
 エルフリーデは、競技者としてのピーク年齢が合致しないことに、15歳という自分たちの年齢差を初めて意識した。
「お褒めに預かり光栄ですな」
 男がそう言って、ターンに入った瞬間、エルフリーデの両足は地面から離れ、ピンク色のスカートが花びらのように広がった。
 あっ、と声を上げる間もない程の早業だったが、目撃した周囲の人々から一斉に賞賛の歓声が上がった。
 再び地に足を着けても、次のステップは全く乱れない。見事な男のリードだった。
 自分の夫となった男が、類稀に美しく力強いことが、悔しいのか、嬉しいのか、エルフリーデは時々判らなくなる。
「リフトとはいかないが、まあ、こんなものでよろしいか?」
 そう言って、余裕の笑みで見詰める金銀妖瞳を、エルフリーデは精一杯の虚勢で睨み返した。
 音楽が終わると、人々から楽団と主催者に対し、自然な拍手が沸き起こった。
 皇帝一行が、帰途に着く為に隊列を成すと、参加者は全員左右に分かれて道を開け、礼をしながら一行が通り過ぎるのを待つ。
 やがて、賓客たちは、邸の主夫妻に、今宵の会を賞賛する言葉を贈り、順にランドカーに吸い込まれていった。

「ねえ、ねえ、聞いた? シュトライト中将って独身なんですって!」
 大人たちが静かに邸を去ろうとする中、女子校生の一団は、相変わらずかしましい。
「えーー? ほんとー?」
「間違いないわ。さっき、携帯見たら、軍の公開用データが追加更新されてたの」
「あの方渋いわよねぇ。いかにも大人の男で、いぶし銀の魅力って感じ」
「それだけじゃないわ。ベルゲングリューン大将も、ビューロー大将も独身ですって」
「きゃぁ! 私、絶対、紹介してもらうわ」
「私もよ」
「軍務省のフェルナー准将も、今日見たらステキだったわ。ちょっと危険な感じがして」
「私も、フェルナー准将、目をつけてたの」
 かくて、壊滅状態にあったファーレンハイト同盟、ビッテンフェルト組、工部尚書夫人候補者連盟は、ここにきて急遽、シュトライト、ベルゲングリューン、ビューロー、フェルナー等の求愛者団体に再編成されつつあった。

「ねえ、エルフィー、私達、ずっとお友達よね?」
「私もよね?」
「私だって・・・」
 エルフリーデの同級生たちは、十日前と同じ台詞を吐いた。
「・・・・もちろんよ。どうしたの? みんな」
 エルフリーデは、半ば予想している答えを待った。
「来月のマリーンドルフ家の園遊会に、私達も呼んで下さるようヒルダお姉様に頼んで頂きたいの。それで、私をシュトライト中将に紹介して頂きたいのよ」
『え? あなた、もう一生恋はしないって、さっき言ってたじゃない』
 エルフリーデは、元ファーレンハイト同盟メンバーの少女の変わり身の早さに呆れた。
「私も、ビューロー大将とお近づきになりたいの。お願い」
『あなた、あと10年は立ち直れないんじゃなかったの?』
「私もエルフィーみたいな幸せな結婚、早くしたいわ」
「私も。できればフェルナー准将と・・・きゃっ・・・」
 女子学生達の妄想は、既に第二段が本格的にスタートしていた。
「いいわ。皆の望み通りになるよう、私からフロイライン・マリーンドルフにお願いしてみるわ」
 もう勝手にやってという思いで、半ばやけ気味にエルフリーデは答えたが、友人達は歓声を上げて大喜びである。
 更に夜は更け、最後まで残っていた客達も、追々引き上げていく中、ミュラーファンクラブメンバーの友人、クラリス・フォン・バルブルクが、帰り際、エルフリーデに念を押すようそっと耳打ちした。
「新婚旅行、必ず行ってね」
 エルフリーデが、やけくそで「ええ」と答える傍らで、金銀妖瞳の夫が、毒を含んだ笑みを湛えていた。

 こうして、ロイエンタール邸の夜会は、大盛況のうちに幕を下ろした。

Ende

*******************
やっと終わりました。
思いがけず長くなってしまった番外編ですが、これでやっと本編へ戻れます。
約二ヶ月ぶりにハーレクイン本編に戻りますが、シリアス路線に戻れるかかなり不安www
とりあえず、その前に、もう一つ書きたいこと。
「あとがき」ってほど大層なものではございませんが、この夜会を取材したマスコミの反応として、翌週発売の週刊誌の見出しとか中刷り広告風にとか思ってます。

最後になりましたが、ここまで全部読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
以後も、本編、本サイト長編共によろしくお願い致します。
あ、番外編終了記念で、今夜チャットに入ってるかもです。

コメント一覧

べる (05/21 18:54) 編集・削除

△組に涙しつつ(いや笑いつつ…)、
舞踏会終了、おめでとうございます。
ロイエルのじれったさも、なかなか楽しゅうございました!!
もう、いい加減仲良くなればいいのに。

踊るロイエンタールもイマイチ想像つきませんが、
早うに幸せになって欲しいですw

本編、楽しみにしています!

sabrina (05/21 20:18) 編集・削除

メックリンガー&男爵夫人、ナイスアシスト!
マイ小説より一足早くこちらで脳内妄想を炸裂させて頂きましたwwwありがとうございます。
にしても、やはり、あの二人、ダンスするにも年長者のプッシュがないとダメなのですね・・・とほほ(涙)

Jeri Eメール URL (05/21 20:57) 編集・削除

>べるさん
真偽の程は定かではありませんが、ダンスが上手い人はアレも上手いって昔どこかで聞いたことがありますw
その説に則って、ロイは上手くて陛下も初心者だけど才能ありってことにしました。

>sabrinaさん
なんか、誰の助けも借りずに自分達だけで進んでダンスするライヒルって想像できなかったもので、こうなりましたww

ゆうやん (05/21 22:35) 編集・削除

△組・・・煩悩丸出しで迫ったらそら逃げるよな~。最後まで笑わせてもらいました!!!
舞踏会無事終了ですね。

>帝国腐婦女子の誰もが憧れる偉業を、彼女は一夜にして成し遂げたのである。
個人的にココがツボでした。当然のごとくビッテン入ってないあたりがいいですわ~。

不屈の令嬢に乾杯です

メイ (05/21 22:52) 編集・削除

みんな、ひたすら踊ってましたね、この回はっ笑。
ダンスって、社交だけでなく、体育会系の要素もあって、そこがすごくうまく使われてるなと感じました。エルフリーデのスケート話は、とってもJeriさんらしい設定で楽しかったです。
本編も、もうこのノリでいいじゃんか~笑。

Jeri Eメール URL (05/22 01:28) 編集・削除

>ゆうやんさん
他人様のキャラをここまで借りまくって書いちゃった私は、ファー様と便乗競争で勝てちゃうかもです。

>メイさん
エルフィーって、原作を拡大解釈すると、何気に体育会系かもよww
だって、普通の貴族令嬢が、流刑地を抜け出して、ナイフで仇を刺そうとか、そんな行動力ありますかね?
私はかなりストイックなアスリートタイプとみました。
そこがロイさんが気に入ったのだと・・・違うかwww

ハーレクインもどき -番外編⑪-

はじめに

この長文記事は、ブログ連載の「エルフィーでハーレクインもどき書いてみる」の番外編です。新帝国歴1年8月、ロイエンタール邸で開かれた夜会に集まった人々の人間模様を、帝国軍オールキャラキャストを目指して書きました。最低1話1笑を目標にしましたが、達成できたかどうかは、ご覧になって下さったお客様のご判断。12話完結です。
長くなってしまった為、ブログを辿るのが面倒だろうということで、読みやすいように、倉庫に収納しました。検索などではじめてここに辿り着き、「最初から読んでやろう」という奇特な方は、↑の「Log&Presents」をクリックしてこちらからどうぞ。

 ウルリッヒ・ケスラーは、自身の旗艦フォルセティのトリアピーの前で、エルフリーデが招待した7人ばかりの貴族女学院の下級生に囲まれていた。
 14、5歳の少女達ばかりの集団は、流石に37歳のケスラーの花嫁候補というわけではない。
 当初彼に紹介された女性達は、いずれも二十代半ばから後半の分別のある年頃の令嬢ばかりだった。皆、この数年の政変で、婚約者が戦死したり、家の没落で生活の術を失った為に破談になったりといった、何らかの事情で婚期を逃した女性達だった。
 フェザーンや同盟なら、まだまだ若い未婚女性で通る年齢の彼女等も、やんごとなき令嬢は、二十代前半までに結婚するのが常の帝国の貴族社会に於いては、完全に嫁き遅れの部類に入ってしまう。
 平民出身とはいえ、謹厳実直で、皇帝の信頼も厚い若き憲兵総監に、少し薹が立った令嬢達は、礼儀正しく挨拶し、二言三言、当たり障りのない会話を交わすと、それ以上の進展を見せないまま、自然に散っていった。
 暫くすると、招待客の中から、まだ大人たちの思惑とは無縁な年頃の娘が、一人、また一人と、誘蛾灯に吸い寄せられるように、ケスラーに寄って来ては、一言二言話しかけて行くという現象が起こった。ケスラーも、駆け引きと無関係な彼女達に気を許して相手をしてやっているうちに、人数はどんどん増えていった。
 彼は、ふと、自分が今、とても癒されて、気持ちが安らいでいることに気づく。そして、もしかしたら、自分が真に求めているものは、彼女達のような純真無垢な魂の中にこそ、あるのではないかと思い始めていた。
 だが、一方で、少壮の弁護士のようである彼の理性と自制心が、それにブレーキをかける。
『いかん・・・・いくら何でも、それはダメだ。第一、親子ほど年が違うではないか』
 頭を振って自らの内に芽生えた欲望を否定しつつ、自分もまだまだ若いなと思いながら自嘲気味に胸の裡で呟いた。
『認めたくないものだな・・・』
 ケスラー憲兵総監が、22歳年下のトロフィー・ワイフを得るまでに、あと4年の年月を要することになる。

 ミドルティーンの少女達に囲まれたケスラーが、暫しの幸福に浸っている場所から約10m離れた花壇脇では、義眼の軍務尚書が、エルフリーデに紹介された17歳の子爵令嬢と何やら話し込んでいた。
“あの”オーベルシュタインと女性、しかも十代の少女という奇怪な取り合わせは、いやでも周囲の人間の耳目を集めることとなった。
 とはいえ、あまり露骨に近づくことも叶わず、将帥達は、そ知らぬふりを決め込みつつ、耳だけを一点に集中させていた。
 驚いたことに、挨拶を済ませてから、もう10分以上も二人は会話が続いているのである。
 あのオーベルシュタインと、初対面でいったい何を話しているのか?
 黒ビールを酌み交わしているルッツとワーレンも、ウィスキーのグラスを手にして談笑してるファーレンハイトとビッテンフェルトも、玉砕直後の△組も、興味の泡を弾けさせながら聞く耳を立てる。
「そんな・・・! 避妊手術だなんて、あんまりです!」
 突然、令嬢の際どい台詞が耳に入り、聞いていた者達は全員咽た。
「いやです・・・そんなの・・・女の子ですもの、やっぱり赤ちゃんを産みたいですわ」
「そのような感傷こそが、結局のところ、余計な悲劇を生むのだ」
 オーベルシュタインの感情を押し殺した冷徹な声が、ドライアイスの剣の如く突き刺さる。
「残すべきでない遺伝子というのもあるのだよ。フロイライン」
「でも・・・」
 涙ぐむ令嬢を、軍務尚書は無表情で見据える。
『許せん! オーベルシュタインの野郎、あんな年端もいかない娘を泣かせるとは。しかも、あんな露骨な言葉で・・・!』
 ルッツとワーレンは、同時に持っていたグラスを握り潰しそうになった。
「・・・わかりましたわ。閣下」
 令嬢は、それでも気丈に涙を拭った。
「仰る通りに致します。ですから・・・ですから、また、お会いして頂けませんか?」
 丁度呼びに来た部下に応じて踵を返そうとするオーベルシュタインに、令嬢は縋るように問いかけた。
「機会があれば・・・な」
 素っ気無く応じるオーベルシュタインだったが、令嬢は、完全な拒絶でないことに僅かな光明を見出し、潤んだ瞳で見送った。
「バカな! なんだって、あんな野郎にそこまで・・・うっ・・うっ・・許せん! オーベルシュタインめ、何様のつもりだ。貴様なんぞに求愛する女がいるだけでも有り難いのに・・・しかも・・・しかも・・・あんな若い娘が・・・! くそっ・・・あんな奴なら・・俺だって・・・」
 ワーレンが低く呻きながら怒りを堪えている。「だったら素直に再婚話を受ければいいのに」とルッツは思ったが、何も言わなかった。
 その隣では、△組が悶絶して頭を抱えている。
『うぉぉぉぉぉぉ!!! なぜ?? なぜだぁぁぁぁぁぁ? なぜ俺ではなく、オーベルシュタイン元帥なんだぁぁぁぁぁぁ???? 俺の方が若くていい男だろ? 俺なら絶対泣かせたりしないぞ! 子供なんて何人でもOKなのにぃぃぃぃぃ!!!!』
 バイエルライン、トゥルナイゼン、グリルパルツァー、クナップシュタイン等は、立ち直れない程に打ちのめされた。

「はい、ルイーゼ」
 エルフリーデが、たった今オーベルシュタインと話していた令嬢に、オレンジジュースのグラスを手渡しながら、気遣わしげに涙に濡れた顔を覗き込んだ。
「ありがとう。エルフィー」
 ルイーゼと呼ばれた少女は、ハンカチで目を押さえながら、ジュースのグラスを受取った。
「それで、オーベルシュタイン元帥は何と?」
「機会があれば、またお会いして下さると仰ったわ」
「そう。よかったわね」
 エルフリーデの問いかけに、ルイーゼはプラス思考解釈で答えた。
「でも、やっぱり避妊手術をすることになると思うわ」
「そうなの・・・仕方がないわね・・・」
「ええ、その方が、結局は、あの子達の為だって・・・」
 ルイーゼは、そう言うと、再び涙を拭った。
「やっぱりオーベルシュタイン閣下は、私が思った通りの方だったわ。冷たいようで、誰よりも温かい心をお持ちなのよ。人間の奥が深い方なのよ。私、あきらめないわ。絶対、オーベルシュタイン閣下とお付き合いするわ」
「あなたがそこまで言うなら、私も応援するわ。決心がついてよかったわ」
「ありがとう。エルフィー。やっぱり、閣下の言う通り、ポロンちゃん達にとっても、その方がいいのよね?」
 ルイーゼは、動物愛護団体のボランティア活動をする過程で、オーベルシュタインの存在を知り、年老いたダルマチアンを引き取ったという彼に興味を持った。
 リップシュタット戦役勃発時、ブラウンシュバイク公等と共にオーディンを脱出した門閥貴族達は、充分な準備もないままに住み慣れた屋敷を後にすることを余儀なくされた。そんな中、彼等が狩猟用や愛玩用として飼っていた犬達が取り残され、一部が屋敷を抜け出し、市内に散って野生化してしまった。野犬たちは、無秩序に繁殖を繰り返して市井を徘徊し、帝都民の生活を脅かすこともしばしばだった。
 治安面、衛生面からこの事態を重く見た民政省は、警察や保健所と連携し、軍をも動員して大規模な野犬狩りを行い、捉えた犬たちを殺処分していった。それに対して、皮肉なことにローエングラム政権下で言論の自由を許された市民の一部から、非難の声が上がった。曰く、元々人間の都合で飼われていた犬が、人間の都合で置き去りにされて今日の状況に至った。それをまた人間の都合で殺すとは、あまりにも身勝手ではないかというのである。世論に配慮した民政省は、方針を変え、都内の何箇所かの空き屋敷を野犬の一時保護施設とし、新たな飼い主を斡旋することにした。もっとも、ブラウンシュバイク派の貴族達の身勝手さを国民に示す宣伝材料として有効と判断されたことも否めない面はあったが。
 しかし、保護施設はすぐに満杯になり、収容された犬達は、今度は動物愛護団体に登録しているボランティアの家庭で、新しい家族を待つことになった。その間、一定の月齢に達している犬達は、これ以上の繁殖を防ぐ為、オス犬には去勢手術を、メス犬には避妊手術を施されることも、保健所から指導されることとなった。
 ルイーゼも、一時預かりのボランティア登録をしている動物好きな市民の一人で、現在、若い雌犬を5匹預かっている。避妊手術をすることになる「ポロンちゃん」は、彼女が最初に預かった生後半年ほどの雑種犬だった。
 ルイーゼは、オーベルシュタインに紹介されると、真っ先にその話題を持ち出した。
 鉄面皮で知られる軍務尚書は、思いがけず話に乗ってきて、官民一体で首都星から野犬を一掃すべく今後の計画を淡々と語った。その際、最後まで引き取り手がいない犬に関しては、最終的に薬物による安楽死処分にすることもやむを得ずと冷厳に言い放った。
 だが、当初のガス室での殺処分の実態を知るルイーゼは、下手にキレイ事を言わないオーベルシュタインの態度に、かえって好感を持った。
 好みは人それぞれとはよく言ったもので、同僚たちには忌み嫌われているオーベルシュタインの口調や態度は、この深層の令嬢の心を、ど真ん中に射抜いたらしい。
「私・・・あんまり優しい人ってダメみたい・・・」
 自分にきつく当る女にしか萌えない男がいるように、冷たい男に萌えてしまう女もまたいるようだ。
「がんばって、ルイーゼ。あなたがオーベルシュタイン元帥と結ばれるよう、私もできる限り協力するわ」
 笑顔で励ます一年後輩に、ルイーゼも涙を完全に消した。
「ありがとう。エルフィー。恋に関しては、あなたの方が先輩だわ。これから色々教えてね」
 エルフリーデは、またも自分が誤解されているのを知って顔が引き攣った。
『違うわ。私、恋なんてしてない。恋って、同じ学校に通っていたり、同じ職場で働いたり、共通の趣味があったり、二人で難事件を解決したりして生まれるものでしょ? 私とあの男には、そういうの全然ないんだもの』
 エルフリーデは、最近はまっているソリビジョンドラマを思い出していた。
 それでも、自分を頼っている友人に対し、「ええ」と見栄を張って答えてしまうのだった。

「今は、ああゆう格好が流行っているのかな? フロイライン・マリーンドルフ」
 黄金獅子のトリアピーの真下では、皇帝が、自称寵姫候補の少女達の短髪にシンプルなスーツ姿を指して、首席秘書官に下問していた。
「さあ・・・私も、詳しいことは存じ上げませんが、陛下の開明政策のお陰で、活動的な服装や髪型を好む女性が増えたのではないでしょうか」
 皇帝とどっこいどっこいの鈍感さを誇る伯爵令嬢が、笑顔で答えた。
 俗世に疎い太陽神とミネルバ神が並んで立つ姿は、そこだけが光を放っているようだ。
「フロイライン・マリーンドルフ。ようこそ」
 邸の女主人が満面の笑みで近寄って来た。
「本日は、お招きありがとうございます。伯爵夫人」
 ヒルダは、自分を慕う後輩に、丁寧な礼を述べた。
「またお会いできて嬉しいです」
「こちらこそ。来月早々に我が家でも園遊会を開きますので、ぜひいらして下さいね」
「ええ。ありがとうございます。ぜひ出席させて頂きますわ」
 マリーンドルフ伯爵家では、内戦勃発以前まで、上屋敷に於いて半年に一度ペースで園遊会が開かれるのが代々恒例となっていた。権威付けや貴族の贅沢といった意味合いより、昔から付き合いのある出入り業者や使用人達への、ささやかな富の分配という性格の強いものだった。その為、このロイエンタール邸での夜会同様、内戦の完全終結と、新王朝によって真の平和が齎されたことを国民に知らしめる為に、過度に豪奢にならない程度なら、こういった旧習が少しづつ復活されるのは、この時点ではむしろ歓迎されていた。新体制で再雇用が難しい単純労働者を少しでも救済する意図もあり、貴族相手に商売をしてきた事業者の廃業、倒産に歯止めをかける意味も大きかった。国家の元勲と、首席秘書官が相次いでそれを実践することで、他の生き残った貴族や、振興富裕層にもそうした空気を促したのである。
「でも、私、園遊会については、今まで全部父と家令夫妻に任せきりだったんで、自分では何をしていいやらわからなくて・・・こういうことって、私、不得手で、正直困っているのよ。特にご招待するお客様への対応とか、悩んでしまうわ」
「まあ・・・」
 そう言って、本当に困った表情をするヒルダに、エルフリーデは、完全無欠と思われていた女性の意外な一面を見た思いがした。
 ヒルダは、更に言葉を続けた。
「実は、一昨日、開催を発表して以来、女学院や大学の同期が、ひっきりなしに訪ねてきて大変なのよ。まだ結婚してない人達が、独身の提督方を紹介してくれって」
 エルフリーデは、自分の時と全く同じパターンに思わず笑い出しそうになった。
 ヒルダの年頃では、貴族令嬢のみの女学院の同期生は約半数が、身分の垣根のない大学の同期では、元々少ない女子学生の8割以上がまだ未婚である。
「それでしたら、ご参考になるいい対処法がございます」
 エルフリーデは、そう言って、自身が考案した○×△リストのことを話した。
「こうやって『○の人』『△の人』っていう風に覚えて、優先順位を決めておけば、合理的に動けるんですよ」
「まあ、なるほど。伯爵夫人は、優れた事務処理能力をお持ちだわ。さすが、代々有能な官僚を輩出してきたリヒテンラーデ一族だけのことはおありだわ」
 ヒルダは素直に感嘆して褒め称えた。エルフリーデも、自分ばかりでなく一族を褒められてご満悦だった。
「前回の開催は3年前だったので、私も未成年で学生でしたから親任せで済みましたが、今は成人して、公職に就いている身ですから、嫌でも先頭に立って仕切らなければならなくなって・・・伯爵夫人はお偉いわ。そのお若さで、これだけの規模の夜会を、堂々と執り仕切ってらっしゃるなんて。私が同じ年頃の頃を思えば、とても敵いませんわ」
 多分に社交辞令が入っていることを差し引いても、帝国きっての才媛の惜しみない賞賛に、エルフリーデはこの夜会の成功を確信して安堵した。
「ありがとうございます。フロイライン・マリーンドルフ。あの・・・、よろしければ、メアド交換して頂けませんか?」
 エルフリーデは、そう言って、先刻友人たちからプレゼントされた携帯端末を取り出した。
 ヒルダは快く応じると、「では、また」と言ってその場を離れた。

 中庭に出たヒルダは、話の腰を折らない程度に人の輪に入って、自邸の園遊会の件を前以て知らせて回った。
「後ほどあらためて招待状をお送りさせて頂きます」
 如才なく挨拶して回る美貌の女性の姿を見送ると、早くも多くの客達の関心は、マリーンドルフ邸での園遊会に移っていった。
「ぜひいらして下さい。私の友人達も多く招待しておりますので、ご出席をお待ちしております」
 皇帝首席秘書官からそう申し込まれたバイエルライン、トゥルナイゼン、グリルパルツァー、クナップシュタイン等の次世代有望株提督達は、先ほどの奈落の底から一気に天国に昇った。何時の間にか、「モテない男4パターン」で固まっている。
『うぉっ! やっぱり大神オーディンは俺を見捨ててはいなかった。考えてみれば、伯爵夫人の同級生なんて、まだガキだもんな。フロイラインくらいの年齢の女の子の方が、俺の魅力を理解できるってものさ♪』(By 4人全員)
 立ち直りの早さは流石というべきである。
 喜びに浸っている4人を後にしたヒルダは、自邸に訪ねてきた友人たちの要望を思い出しながら、早速頭の中でエルフリーデの○×△リストの概略を描いた。
『あの人達は△でいいわね』

 午後8時を回ると、それまで静かなバックミュージックを演奏していた楽団が、音量を上げてワルツを演奏し始めた。
 ライトアップされた中央に、真っ先に進み出たのは、メックリンガー上級大将と、彼にエスコートされたヴェストパーレ男爵夫人のカップルだった。
 メックリンガーが、洗練された物腰で、鮮やかな深紅のカクテルドレスを纏った淑女の手をとると、二人は見事なステップを踏んでワルツを踊り始めた。
 絵のように美しい男女の姿に、招待客達は一斉に見惚れていたが、やがてそれぞれが、近くの相手に手を差し伸べると、次第に音楽に合わせて翻るドレスの輪が増え始めていった。

 ロイエンタール邸の夜会は、いよいよ佳境に入っていった。

コメント一覧

sabrina (05/16 13:35) 編集・削除

>残すべきでない遺伝子というのもあるのだよ。
私もオベに関しては、秘かにこの説に賛成だったりします。
>『あの人達は△でいいわね』
やっぱりーww女の考えることはみんな同じということで。頑張れ”花の△組”!!

恋愛鈍感度どっこいどっこいのヒルダたんと陛下はここでワルツを踊るのですか??次回が楽しみです。

sarina (05/16 13:36) 編集・削除

↑に書き忘れました。
10000アクセス突破、おめでとうございます!

べる (05/16 14:05) 編集・削除

夕べはどうも失礼しました。楽しかったです。

>『認めたくないものだな・・・』
噴いた!
池田さんたらもう☆

>『あの人達は△でいいわね』
ヒルダたんも自覚無しに分かっていらっしゃるようでw

10000アクセス、おめでとうございます!

まこりん (05/16 18:09) 編集・削除

>『認めたくないものだな・・・』
私も吹いた。池田ボイスはこの台詞に尽きますね。

オベの犬ですが、そういえば、拾ったタイミングはリップシュタットの少し前でしたっけ(by原作)。
あの頃のドタバタで捨てられた、どこぞの貴族の猟犬だった可能性も十分考えられますよね。jeriさんの推理、説得力あります。で、その貴族と同じコロン(並の軍人には手の届かない高級品)をオベが使っていたので、懐かれてしまったとか。

ゆうやん (05/16 20:05) 編集・削除

10000hitおめでとうございます。
昨日はどうもありがとうございました。とても楽しかったです。

>機会があれば・・・な
はぁ。オベ閣下らしいですね。でも閣下、これって何気にすっごい脈ありな気がするのは私だけ??

で、△組、ヒルダにまで△に分類されるあたりwww早く気がついてよい春が来ますように。

しかし、ヒルダの友人で期待してる人たちも今夜の話が伝わるとがっくりきてる人も多数いそうですね。ちょっとお気の毒かも。

Jeri Eメール URL (05/16 21:06) 編集・削除

>sabrinaさん
早速のご感想ありがとうございます。
△組は、帝国軍の自称F4かもwwww
もちろん、ラストダンスは、皆さん、本命と踊る予定です。
ただし、私自身、もう何年も社交ダンスなんて踊ってないので、どうやってそれらしく誤魔化そうか思案中なんですわ。

>べるさん
やっぱりわかって下さったんですね♪
うれしーです。
そう、ヒルダたんもやっぱりわかるんです。

>まこりんさん
「若さ故の過ちというものを」
と続けるのを思い留まった私の理性を褒めて下さい。
オベ犬の件ですが、どこかの二次創作で、リップシュタットで首都を脱出した貴族に飼われていたのが置いてけぼり食らったっていうのを読んだことがあって、それが一番理に適ってると思ってそういう前提で書きました。たしか、その作品でも、オベ様の匂いを前主人と間違えてなついたことになってましたよ。人間の考えることってやっぱり同じようなもんなんですね。

>ゆうやんさん
え?脈ありですか?
いやぁ、チャットでもお話したように、私、オベ様くらいには、もし誰かお相手を作るとしたら、酸いも甘いも噛み分けた人とくっついてもらいたいです。
よしりんの願望なのか、ライ、ロイ、ヤンと揃いも揃って生娘なもんでww
ヒルダたんのご友人たちは、ファー様、ビッテン、ベルヒが売約済みと聞いて、きっとがっかりしてると思います。
しかーし、そんなことくらいでは、めげないほど、封建社会の女性は実は逞しいいう設定にします。
今度は、シュトライト、フェルナー、ベルゲン、ビューローがモテモテでwww
やっぱり△組には回ってきません;;;;;

ハーレクインもどき -番外編⑩-

はじめに

この長文記事は、ブログ連載の「エルフィーでハーレクインもどき書いてみる」の番外編です。新帝国歴1年8月、ロイエンタール邸で開かれた夜会に集まった人々の人間模様を、帝国軍オールキャラキャストを目指して書きました。最低1話1笑を目標にしましたが、達成できたかどうかは、ご覧になって下さったお客様のご判断。12話完結です。
長くなってしまった為、ブログを辿るのが面倒だろうということで、読みやすいように、倉庫に収納しました。検索などではじめてここに辿り着き、「最初から読んでやろう」という奇特な方は、↑の「Log&Presents」をクリックしてこちらからどうぞ。

 他人への気配りの行き届いたシャフハウゼン子爵夫人は、テラスの端で、一人所在無げにしているブルーノ・フォン・クナップシュタインを見つけると、丁度近くにいたエルフリーデの同級生らしき少女達二人に声をかけ、さりげなく引き合わせた。
 特に意図したわけでも、誰かに頼まれたわけでもなく、ただ、せっかくの夜会に若い男がぽつんと一人でいるのを可哀想に思っただけである。が、クナップシュタイン自身は、そうはとらなかった。
『やはり、俺を将来有望と見込んで、仕掛けてきたか』
 とんでもなく勘違いしているが、気分は上々だった。
「ごきげんよう。クナップシュタイン提督」
「帝国軍の次世代双璧のお一人と言われる閣下にお目にかかれて光栄ですわ」
「そのお若さで大将にまでおなりになるなんて、さぞ輝かしい戦功をお立てになったのでしょうね」
 令嬢達は、当たり障りのない社交辞令の挨拶をしたつもりだったが、クナップシュタインの勘違いを更に膨張させることとなった。
『ここは、しっかり自己PRすることが肝要だ』
 そう決心した彼は、「いやぁ、大したことではありませんよ」と言いながら、任官時から始まる自身の戦歴を披露し始めた。
 令嬢達は、クナップシュタインの「大したことない大手柄」を延々聞かされるはめになったが、話が大佐に昇進したところまで来ると、「失礼します」と言って去っていった。
「自分の自慢話しか話題のない男なんて、最っ低よ!」
 クナップシュタインから離れた令嬢の一人が、友人に同意を求めると、もう一人の令嬢も全くその通りと頷いた。
 哀れなクナップシュタインは、再びテラスの端に取り残された。

「ふっ、野暮な奴等め。やはりご令嬢方のお相手は、俺のような洗練された男でなければ勤まるまい」
 イザーク・フェルナンド・フォン・トゥルナイゼンは、同僚達の失態を横目に、そう独りごちると、花壇の赤薔薇を一輪摘んで口に銜えてポーズとった。
『決まったな・・・!』
 傍から見ると、かなり恥ずかしい行いだったが、本人は悦に入っていて、これから自分にご令嬢達が大勢群がるのを今や遅しと待ち構えていた。
 前方に目をやると、エルフリーデを先頭に、30名以上はいると思われる妙齢の貴婦人やご令嬢方が、目を輝かせてこちらへ一直線に向ってくる。
 トゥルナイゼンは、余裕を見せるポーズを作って、押し寄せてくる女性達を制した。
「まあまあ、みなさん、慌てずに。私はどこにも逃げませんから。順番にお相手させて・・・」
 と、言葉を繋ごうとした瞬間、30余名の女性達は、小走りに近づく速度を全く緩めることなく、トゥルナイゼンの脇を鮮やかに通り抜けた。
 呆然と立ち竦むトゥルナイゼンの20mほど後方では、先ほどの女性達が、シルバーベルヒ工部尚書を取り囲んでいた。
 エルフリーデが、例によって、崇拝者達を一人一人紹介している。
『文官版ロイエンタール』の異名をとるシルバーベルヒは、女性の扱いも手馴れたもので、紹介された令嬢達一人一人の手をとっては、如才なく言葉をかけた。
 一通り紹介が済むと、シルバーベルヒは、徐に脇の花壇に咲いている薄紫色の小さな薔薇の花を摘んで、鼻先に持っていった。
「ブルー・フォー・ユー」
 唐突に発せられた言葉を、崇拝者の一人が、薔薇の品種名だと気づくのに、数秒の時間を要した。
「まあ、お詳しいんですのね。拙宅にも同じ薔薇が咲いておりましてよ」
 一人の令嬢が他を先んじようと得意げに言う。
 しかし、次に発せられた工部尚書の言葉に、全員が凍りついた。
「いや、妻の好きな花なもので」
 涼しい声で言うシルバーベルヒに、皆が押し黙ってしまった。
「・・・・そうですか。では、後ほど花束を作りますので、奥様にお土産にお持ちください。さあ、皆様は、あちらでチョコレートフォンデュなど召し上がりません?」
 傍で聞いていたエルフリーデが、何とかその場をフォローし、女主人の面目を保った。 官吏として、五階級特進の異例の抜擢で尚書になったシルバーベルヒについては、データベースの修正が行われておらず、三年前の内容がそのまま使われていた為、家族欄が未婚のままになっていたのだ。戦功を立てれば異例の昇進も珍しくもない軍部では、個人データが逐次見直され、ほぼ最新のデータが公開されているが、ローエングラム政権になり、実力主義の人事に刷新されたとはいえ、まだまだ軍部よりも年功序列のまかり通る文官の世界では、シルバーベルヒの尚書就任は、実績からも年齢からも異例中の異例だった。
 こうして、『工部尚書夫人候補者連盟』は、ファーレンハイト同盟、ビッテンフェルト組に続いて殲滅したのである。

「エルフィー、ロイエンタール元帥。これ、我が家からの結婚祝いですの。貰って下さい」
 そう言って、“ロイエンタール夫妻”に一通の封書を手渡しに来たのは、ミュラーファンクラブのメンバーの一人、クラリス・フォン・ヴァルブルクだった。
 エルフリーデと同じクラスの子爵令嬢で、リッテンハイム候の一門だったが、目立ったところのない平凡な貴族だった為、候がオーディンを脱出してガイエスブルク要塞に立て篭もった際、置いてけぼりを食った。結局それが幸いして、早々にローエングラム陣営に恭順の意を示した為、家門を安堵され、生き延びることができた。ただし、下屋敷を除く帝都内の不動産全てと、領地惑星を召し上げられ、今は、一族全員で下屋敷に暮らしながら、唯一所有が許された首都星内辺境の小さな荘園の運営で生計を立てている。
 生まれ育った上屋敷や、よく遊んだ別邸は、新政府によって傷病兵の長期療養施設としてリニューアルされ、使用人の多くも再雇用されているという。以前より貧しくなったとはいえ、新政府は最低限の生活を保障してくれたし、一箇所に集まったことで、家族の距離が縮まって喜んでいると、きっぱりと言っていた。
 ただし、新施設に再雇用が叶わなかった者達や、今後の家族の生活の為には、このままでは立ち行かないことも現実だった。そこで、彼女の父は、フェザーンのコンサルティング会社と提携し、残された荘園を地の利を生かして、高級リゾート地として再開発する道を選んだ。
 エルフリーデに贈られたのは、そのリゾート地にある水上コテージの3泊4日分のチケットだった。一つしかないインペリアルスイートの最高級タイプで、半径1キロ以内に別のコテージがないという超贅沢な造りのものだった。
「新婚旅行まだでしょ? ロイエンタール元帥ご夫妻が泊まった宿として宣伝させて頂きたいの。ここの成功には、一族全員と他に行き場のない使用人達の生活もかかってるの。お願い・・・」
 率直な飾らない表現が、エルフリーデの心を動かした。最早、体裁を気にしている場合でないくらい旧門閥貴族の生活は切実なのかもしれない。
「いいわ。ここに4日間行ってくればいいのでしょう。それでお役に立つなら私も嬉しいわ」
 気軽に応じたエルフリーデに、クラリスは感謝と安堵の笑みを返した。
「よかったわ。きっと気に入って頂けると思うの。このタイプなら、周囲に何もないから、完全に二人だけの世界になれるわ」
『え?』
 エルフリーデは、硬直した。クラリスは、それに気づかず、パンフレットを見せながら、一生懸命コテージの宣伝をはじめた。
「ほら、二人で入れるこんな大きなジャグジーバスもあるのよ。ベッドもキングサイズを更に一回り大きくしたの」
『冗談じゃないわ!』
 エルフリーデは、心の中で叫んでいたが、喜んでいる友人を前に、今更行けないとは言い出せなかった。
「目玉は、コテージの下の海底にある最新式の『重力制御ルーム』なの。私もまだ行ったことないんだけど、すっごくいいんですって」
 パンフレットを見ると、コテージの床下から、海底に向って透明なシリンダー状のものが延びている。
「重力制御ルームって、フライングボールとかやる時の部屋でしょ? 私、フライングボールはやらないし、この男・・いえ、主人も一人じゃできないわ」
 エルフリーデが、疑問を口にすると、クラリスも首を傾げた。
「そうねぇ・・・私にもよく解らないんだけど、この装置のメーカーの人によると、この部屋は、二人で楽しむ部屋なんですって。どうやって使うのか、私には教えてくれないの。でも、お父様が、大人の人ならわかるはずだからって」
「ほう・・・」
 何事かを察した様子で、金銀妖瞳が、妖しい煌きを宿す。
 それまで黙って二人のやり取りと聞いていたロイエンタールが、初めて興味深そうに口を開いた。
「了解した、フロイライン。ありがたく頂戴すると、ヴァルブルク子爵にお伝え願いたい」
 ロイエンタールの言葉に、クラリスは、ぱっと顔を輝かせると、丁寧なお辞儀をし、スキップするような足取りで二人の前から去っていった。
「私、お前と二人でフライングボールなんてやらないわよ」
 友人を見送った後、エルフリーデは、一人で意味ありげに薄く笑うロイエンタールに、ムキになって言い放つ。
「そんなものはやらんから安心しろ。使い方は、現地で実践で教えてやるから、楽しみにしておけ」
 ロイエンタールは、そういい捨てると、彼を呼んでいた従兄のマールバッハ伯に歩み寄る為に身を翻した。
 エルフリーデは、尚も疑問が晴れない顔をしていたが、やがて、仲のいい友人のグループに声をかけられたので、忘れてしまった。

 中庭の中央部に設えられた皇帝の御座所では、ラインハルトのイライラが爆発寸前だった。
『なぜ・・・なぜ皆、予の気持ちをわかってくれぬのだ・・・!』
 主君の不機嫌を察したシュトライトや、リュッケが、しきりに気を遣ってワインやオードブルを差し出すが、ラインハルトの表情は一向に変わらなかった。
『ああ・・・こんな時、フロイライン・マリーンドルフが居てくれたら・・・』
 皇帝は、側近中で唯一自分を本当に理解してくれている首席秘書官の不在を密かに嘆いた。
 午後7時半近くになり、漸く国務尚書マリーンドルフ伯と令嬢の首席秘書官との到着が告げられた。
「遅くなりまして申し訳ございません。陛下」
 皇帝の表情が、一瞬、迷子センターに保護された幼児が、迎えに来た母親の姿を目にした時のように輝いた。
 ヒルダは、いつものパンツスーツではなく、この日は膝丈の清楚なワンピースを着ていた。少年めいた美貌が、こころなしか艶めいて見える。
「フロイライン・マリーンドルフ。ご苦労。・・・・国務尚書も」
 皇帝が、表情を引き締めて時間外勤務を労うと、ヒルダは丁寧にお辞儀をし、一旦傍を離れた。
 数分後、ヒルダは、大きめの皿に、串に刺したものを大量に積み上げて戻ってきた。
「陛下、どうぞ、召し上がって下さい」
 蒼氷色の瞳が、戦場で大勝利を収めた時以上の輝きを放った。
「うむ」
 ラインハルトは、精一杯皇帝としての威厳を崩さぬよう務めて頷いたが、その目は既に目の前のチョコレートフォンデュしか見ていなかった。
「こちらに、ミルクシェイクと、アップルジュースもお持ちしました」
「うむ」
 ヒルダが、グラスをテーブルに置くと、若き皇帝は更に嬉しそうに頷いた。
『やっぱり、フロイライン・マリーンドルフだな。予のことをわかってくれているのは♪』
 ラインハルトは、嬉々として、チョコレートに包まれたイチゴやマシュマロを頬張った。
 ロイエンタール邸に入った時から、この比類なき覇者の心を惹き付けて止まなかったのは、エルフリーデが友人達のリクエストに応えて用意させた、特大のチョコレートの池だった。
 貧乏だったラインハルトは、幼年学校時代に、貴族の同級生に呼ばれたパーティーで生まれて初めて『チョコレートフォンデュ』なるものの存在を知ったのだ。以来、これは、彼の大好物の一つとなったが、残念なことに、階級が上がる度に串に刺したフルーツやスポンジケーキをチョコレートに浸す楽しみは奪われていった。
 彼の異常な甘党を知る者は、ジークフリード・キルヒアイス亡き今、側近の中では、マリーンドルフ伯爵令嬢のみである。

 ロイエンタール邸の夜会は、まだまだまだ続く。

*******************
はい、皆さん!
ロイさんが思いついた『重力制御ルーム』の“大人の使い方”がわかった方は、手を挙げて下さい。
正直に申告しましょう♪

コメント一覧

べる@携帯 (05/13 06:31) 編集・削除

大人の使い方〜。

エルちゃんにキモノを着せて悪代官のように帯を解く。
そして空中で回転するエルフリーデ(嘘)。

メイ (05/13 08:52) 編集・削除

はいっ私も分かります。なぜなら小松左京のファンだからです。(さよならジュピター・・・古すぎた・・・)
それにしても、カイザー、かわええ・・・笑。

ゆうやん (05/13 09:09) 編集・削除

なにやらとっても楽しげだけど具体像浮かばず(涙)

>一瞬、迷子センターに保護された幼児が、迎えに来た母親の姿を目にした時のように輝いた。
本日のツボです。この表情をぜひ生で見てみたいですwww

Jeri Eメール URL (05/13 10:46) 編集・削除

アイコン

>べる@携帯さん
それもいいかも。(笑
ハーレクイン本編で新婚旅行するつもりなので、参考にさせて下さい。
でも、重力少ない状態で上手く回れるのか???

>メイさん
<さよならジュピター
古いwww古すぎますってw
あの当時の三浦友和結構好きだったりします。
赤いシリーズのファンだったんで。
今でも好きです。
しかし、少重力下でのあれって、実際にはまだ誰も経験したことないんで、書き手の想像力(妄想力)がモノを言いますね。きんちょーwww

>ゆうやんさん
カイザーご夫妻で、重力制御ルームに入ったら、「素晴らしい水族館だ」で終わりですね。きっとww

まこりん (05/14 23:32) 編集・削除

出遅れた。
>迷子センターに保護された幼児
お腹がよじれそうです。

さよならジュピターな使用法は無理だと、ずっと昔に何かで読んだ記憶があります。どこかに身体を固定していないと、あっちこっちぶつかりまくってそれどころじゃないとか何とかw

Jeri Eメール URL (05/14 23:58) 編集・削除

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>まこりんさん
おお、まこりんさんにもわかりましたかwww
重力を何段階かに調整できることにして、後はロイさんのテクニックでカバーしてと、私の誤魔化し文章テクで、何とかやって頂きましょうwwww
必死に相手にしがみ付いていないと、体が不安定で怖いですから。
昼間は深い海の中で合体してふわふわ浮かび、まるで新種の海洋生物にでもなった感覚が味わえ、夜は漆黒の闇の中、宇宙空間に二人で漂っているような感覚になります。もう、離れられなくなって・・・という超エロエロエピソードを予定しております。
尚、この「ヴァルブルクリゾート」は、オーディンで大成功を収め、新首都フェザーンにも進出します。
その際ぜひ、カイザーご夫妻を始め、ファー様、ビッテン等のカップルにもご利用して頂けたら、エルフィーのお友達ご一家も助かります。
ぜひご検討下さいませ。

ハーレクインもどき -番外編⑨-

はじめに

この長文記事は、ブログ連載の「エルフィーでハーレクインもどき書いてみる」の番外編です。新帝国歴1年8月、ロイエンタール邸で開かれた夜会に集まった人々の人間模様を、帝国軍オールキャラキャストを目指して書きました。最低1話1笑を目標にしましたが、達成できたかどうかは、ご覧になって下さったお客様のご判断。12話完結です。
長くなってしまった為、ブログを辿るのが面倒だろうということで、読みやすいように、倉庫に収納しました。検索などではじめてここに辿り着き、「最初から読んでやろう」という奇特な方は、↑の「Log&Presents」をクリックしてこちらからどうぞ。

「それにしても、よくもまあ、こんなところに一人で住んでたもんだな」
 ビッテンフェルトは、中庭からロイエンタール邸の広大な敷地を見渡してそう嘆息した。平民とはいえ、そこそこ裕福だったビッテンフェルト家が、裕に10軒は収まってしまいそうな広さである。貴族趣味とは聞いていたが、これ程とは想像してなかった。これでは趣味ではなく貴族そのものだ。
「いいじゃない。結婚して二人になったんだし。これなら子供が10人産まれて、その子達一人一人に乳母とか養育係とかつけても余裕で住める広さよ。伯爵夫人は若いし、15人くらいいけるかも」
 隣のビアンカが、上目遣いに見て笑った。
「俺は、家族の顔が見える広さで充分だが」
 ビッテンフェルトが、そう言うと、二人は自然に視線を絡ませて微笑を交わす。
「私も、10人はさすがに多いわ。3人くらいで充分」
 その言葉の意味を察して、ビッテンフェルトは自然に頬が緩んだ。
 ふと、ビッテンフェルトは、『10人の子持ちになるロイエンタール』の図を頭で描こうとして、小さく首を振った。
「いかん・・・想像できん・・・」
 そんな二人のところへ、噂の伯爵夫人が近づいてきた。
「ビッテンフェルト提督、フロイライン。お話中申し訳ありません。私の友人達が、提督にお目通りを願っております。よろしければ、紹介させて頂けませんか?」
 ここで断るのは礼儀に反するし、男が廃る。
 からかうように軽く肘でつつくビアンカを横目に、ビッテンフェルトは了承を伝えた。
『ビッテンフェルト組』の令嬢達は、ファーレンハイト同盟のメンバー同様、一人づつ行儀良く猪提督に自己ピーアールを始める。総勢12名。くじ引きで順番を決め、一人所要時間2分と取り決めていた。
 ビッテンフェルトは、戦場での勇猛さからは想像できないような細やかな気配りで、ファン一人一人に対応してやっていた。
「あの・・・お二人は恋人同士なんですか?」
 一人の少女が、勇気を振り絞って決定的な質問を発した。
 他のメンバーも固唾を呑んで答えを待った。
「ああ、小官はそのつもりでおりますが・・・」
 ビッテンフェルトは、小さく、だが、ためらい無くそう答えると、ビアンカの方へ視線を移す。
 既に付き合い始めて1年以上経ち、黒色槍騎兵艦隊内でも知られた仲の二人だったが、面と向って第三者に「恋人です」と言うのは初めてで、些か照れる。
「私も、一応そのつもりですが・・・」
 少女たちが大きく落胆する吐息が聞こえた。
 しかし、それでも一人のメンバーが、意を決したように、今度はビアンカに向けて質問を投げかけた。
「あの・・・あの・・・フロイライン・・・。そのドレス、とってもステキですわね。どちらでお求めに?」
 その問いかけに、他の少女達も堰を切ったように質問を浴びせる。
「私も、最初に見た時からずっと気になっていましたの」
「私もそんなドレス着たいですわ。ぜひ、お店かデザイナーの名前を教えて下さい」
「新しい時代が来たんですもの。復古主義の動き難いドレスより、フロイラインのように着こなしたいですわ」
「フロイライン、よろしければ、血液型と生年月日を教えて頂けませんか? ビッテンフェルト提督との相性を占って差し上げます」
 少女達の関心は、急速にビアンカ自身と、彼女のフェザーン発の最新ファッションへを移行していき、次いでビアンカの仕事内容を質問し、興味深く聞いている。貴族の不労所得特権がほぼ撤廃された現在、自分達も働かなくてはならないという危機感を抱いているらしい。卒業後は、大学に行った方がいいか、何か専門職を目指した方がいいかなど、質問が具体的だ。 不思議なことに、彼女達の顔に、代々の特権を奪われた悲壮感はなく、それどころか、未来への希望に満ちている。
 貴族の優位性に拘って滅びた彼女等の父や祖父等よりも、ご令嬢方の方が、よっぽど柔軟性に富み、精神的に逞しいようだ。
『そういえば、人間は女の方が男より環境への適応力に優れていると、昔何かの本で読んだな』
 見かけによらず、実は読書家のビッテンフェルトは、そんなことを思って感心して見ていた。
 ビアンカは、正直に血液型と生年月日を答え、ドレスは、ファザーン人の新進デザイナーのもので、購入したのは、最近オーディンにオープンした直営店だと答えた。スタイリストは自分自身で、このヘアスタイルも自分で考えたものだと言うと、少女たちから一斉に賞賛と憧憬の視線が注がれた。『ビッテンフェルト組』のメンバーが、何時の間にかビアンカのファンに様変わりしているころ、エルフリーデは、残りの級友達を、同じ段取りで、ミュラー、メックリンガー、ルッツ、ワーレン、ケスラー、オーベルシュタインと紹介していき、最後に『寵姫を目指す会』のメンバーを、皇帝に拝謁を願って許可された。
 皇帝の御座所近くでは、アイゼナッハ夫妻が、予定通り先に退出する非礼を詫びて、会場を後にしようとしていた。
 帰り際、アイゼナッハ夫人とエヴァンゼリンが何か言葉を交わしていたが、やがて、夫妻が去ると、エヴァンゼリンは、夫のミッターマイヤーのところへ戻ってきた。
「またあの奥方に捕まってたのか?エヴァ」
「ええ。でも、いいこと聞きましたのよ」
「何を聞いたんだい?」
「ロイエンタールご夫妻のことですわ。あなた、心配してらしたでしょう。門閥貴族の令嬢なんかと、しかも出会って何日もしないで結婚なんて、上手くいくのかって」
「ああ、今日見ても、とても仲がいいとは見えないしな」
「それが、違うんですって」
「違うって?」
「お二人とも、思い合っていらっしゃるんですって。でも、まだ互いにご自分のお気持ちに気づいてらっしゃらないみたいなの。ロイエンタール元帥も、伯爵夫人も。だからつい、傍から見ると素直じゃない態度になってしまうんでしょうね」
「なんだって?」
 ミッターマイヤーは、何かの間違いだとばかりに目を剥いた。あの色事にかけては達人のロイエンタールに限って、まさかそんな中学生のようなことはあるまい。だが、考えてみれば、思い当たるふしもある。第一、あれ程結婚や家庭といったものに、偏見と忌避感を抱いていたはずのロイエンタールが、どういう事情であるにせよ、結婚したのだ。無自覚の恋愛感情だとしてもおかしくはない。それに、アイゼナッハ夫人の能力は、今までも実証済みだ。
「ふふっ・・、お互い初恋だったみたい。私達と同じね」
 流石にこの言葉には、ミッターマイヤーも異議を唱えた。
「伯爵夫人の方はともかく、ロイエンタールに限っていくらなんでもそれはないだろう。君も世間の噂くらいは知っているだろう?」
「ええ、でも、どんなにたくさんの女性と付き合っても、本当の恋はしていなかったのかもしれませんわ。伯爵夫人は、元帥のお母様に似ていらっしゃるんですって」
 妻の言葉に、ミッターマイヤーは、暫し考え込んだ。
 ロイエンタールがこれまで付き合った一個中隊程の女たち全員はさすがに知らないが、何人か交際中を見ている女はいた。しかし、いずれも女たちはともかく、ロイエンタール自身は最初から長く付き合うつもりがないとしか思えなかった。それが、こんなに急に、しかも政敵の一族の娘を娶ろうなど、彼の中に余程の変化が生じたと見るべきだろう。 そう、ロイエンタールは、遅い、遅い、遅すぎる初恋を31歳にして経験したのである。あまりにも遅すぎた為、それが何という感情なのか、本人にも判らないほどの遅咲きの初恋だった。
「もし、そうだとしたら、めでたいことだが・・・」
 本当は、「笑えることだが」と言いたいのを、理性で押し隠してミッターマイヤーは、妻に向って呟いた。
「ええ、私達は、結婚に関しては7年も先輩なんですもの。お二人が上手くいくように、協力しましょう。今はまだ、ロイエンタール元帥の思いの方が強すぎて、お若い伯爵夫人がついていけない部分があるみたいですが、いずれお互いのお気持ちが通じる時がきますわ。相思相愛なんですもの、きっと仲良くなれますわ」
 ミッターマイヤーは、そうなってくれれば自分も嬉しいと思いながら、無言で妻に頷いた。ロイエンタールの決して幸福でない幼少時を聞いているミッターマイヤーにしてみれば、彼が愛する女性と温かい家庭を持ってくれることが何よりの救いだと思ったのだった。同時に、アイゼナッハ夫人を別にすれば、本人自身でさえ知らないロイエンタールの秘密を握ったような気持ちになり、密かな満足感を得ていた。
『蟹座と蠍座ですもの。財産と子宝に恵まれる相性ね。蟹座の女性は良く家庭を守り、蠍座の男性は、昼も夜も良く働くって。・・・・ちょっと羨ましいわ』
 エヴァンゼリンは、心の中でそう呟いていた。

 ナイトハルト・ミュラー上級大将の周囲は、30名ほどの女子学生達で花園状態だった。 エルフリーデが、一人一人紹介を済ませると、女性を同伴していない砂色提督に、矢継ぎ早の質問が飛んだ。
「ミュラー提督。どなたかお付き合いしている方はいらっしゃるのですか?」
「いえ・・・私は生憎と独り身で・・・」
 バカ正直に答えるミュラーに、ファンクラブの面々が一斉に色めきたった。
「では、今募集中ということなのですか?」
「あの・・・私とメアド交換していただけません?」
「ずるいわ。私もお願いします」
「私も」
 先を争うとする少女達を、ミュラーは、ギムナジウムの教師にでもなった気分で、やんわりと制した。
「ご希望とあれば、皆さんとさせて頂きますよ。順番にお願いします」
 少女達が「きゃあ」と歓声を上げる。彼女達は、明日、ミュラー提督とメアド交換したことを学校中に触れ回って自慢して歩くだろう。
 メアド交換が終わると、ミュラーは、皇帝に挨拶に出向く為に、一旦その場を離れた。
「おい、適当にしておけ。後で仕事にならんぞ」
 御前を辞して、元居た場所へ戻ろうとするミュラーをロイエンタールが見かねて忠告した。
「大丈夫ですよ。これでも、仕事用とプライベートのアドレスは分けてあるんですから」
「そういう問題じゃない。まさか全員と付き合うつもりではあるまい。面倒なことになるぞ。その気がないなら、きっぱりと突っぱねろ」
「そうは言っても・・・みんなまだ子供ですし、あんまり冷たくするのもかわいそうじゃないですか」
 そう言って、戻って行くミュラーの背中に、ロイエンタールは「知らんぞ」と低く呟いて見送った。
「ねえ、提督は、恋人いらっしゃるの?」
「どんなタイプの女性がお好み?」
「ご結婚は、考えてらっしゃるの?」
「今度ぜひ我が家の晩餐にご招待差し上げたいのですが」
「あら、抜け駆けはずるいわ。我が家にもいらして下さるでしょう?」
 令嬢達の直裁な質問に、決して女性慣れしているとは言い難い生真面目なミュラーはたじたじだった。
 ロイエンタールの予測通り、態度をはっきりさせないミュラーは、崇拝者達から脈ありと見られたらしく、翌日から昼夜を問わず激しいアプローチを受け、それは大本営のフェザーン移転まで続くことになる。

 ミュラー等の対角では、ワーレンとルッツが、彼等を目当ての令嬢たちをそれぞれ紹介されていた。
 再婚話を断り慣れているワーレンには、余裕があったが、独身で女ッ気のないルッツは、終始そわそわと落ち着かない。
 しかし、彼の視線は、美しく着飾った貴婦人や令嬢を飛び越えて、忙しく立ち働く制服姿のウエイトレス達に注がれていた。
 この性癖の為、結局ルッツに齎されたこの日の見合い話は、全て破談になったのは言うでもない。彼の春は、あと1年後だった。

 随所でモテモテの上級大将達を、指を銜えて見ている△組は、エルフリーデが、友人達を先導して紹介を申し出てくるのを今か今かと待ち構えていた。
 見かねたミッターマイヤーが、エヴァンゼリンを通じてエルフリーデにそれとなく伝えると、仕方なく壊滅状態にあるファーレンハイト同盟とビッテンフェルト組の級友達の中から適当に数名チョイスして、近くにいたバイエルラインとグリルパルツァーに紹介した。
『△の人達は後回しなんだけど仕方ないわ。早く工部尚書を探さなくちゃ』
 軽く自己紹介を済ませると、令嬢たちは、それでも帝国軍の若き将帥に、最大限の社交辞令を以って応じた。
「お目にかかれて光栄ですわ。バイエルライン提督」
「私もですわ。提督は、今、恋人はいらっしゃるの?」
 生まれて初めて複数の素人女性、しかも十代の貴族令嬢達に取り囲まれたバイエルラインは、コチコチならぬガチガチに固まってしまっていた。
「しょ・・小官は・・・軍が、恋人でありまして・・・」
 数瞬、囲んでいた令嬢達に沈黙が走る。やがて、それが、くすくすという笑い声に変わると、バイエルラインも流石に気まずくなった。
「あのバカ・・・」
 近くで聞き耳を立てていた、ミッターマイヤーが、呆れて頭を抱える。
 そのすぐ隣では、グリルパルツァーが同じ状態にあった。
「ごきげんよう。グリルパルツァー提督」
「はじめまして。帝国軍きってのインテリと名高い探検家提督にお目にかかれて光栄ですわ」
「地理学者としてもご高名でいらっしゃるんですってね。今は、どんなご研究を?」
 気をよくしたグリルパルツァーは、得意げに、先日、帝国地理学会に提出した自信作を披露した。
「たいしたものではないのですが、『アルメントフーベル星系第二惑星における造山活動および大陸移動の相互関係を証明 する極地性植物分布に関しての一考察』と申しまして、まあ、簡単に言えば・・・」
 部外者には全く意味不明の専門用語をふんだんに使って、自分に酔いながら滔々と話しまくるグリルパルツァーに、義理で集まった令嬢達は、たちまち一人、また一人と引いていく。気が付けば、周囲には誰もあらず、一人グリルパルツァーだけが取り残されていた。
『だからお前等は、△なのだよ』
 ミッターマイヤーの隣でワインを空けながら、ロイエンタールはまたもや冷笑を浴びせた。

 ロイエンタール邸の夜会は、まだまだ続く。

コメント一覧

べる (05/11 14:33) 編集・削除

グリルパルツァー、乙!激しく乙!!

>『蟹座と蠍座ですもの。財産と子宝に恵まれる相性ね。蟹座の女性は良く家庭を守り、蠍座の男性は、昼も夜も良く働くって。・・・・ちょっと羨ましいわ』
エヴァちゃん???ww
どこ? どこが羨ましいの?

31歳の初恋に(書いてて恥ずかしいけど)、萌え!

Jeri Eメール URL (05/11 17:27) 編集・削除

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>べるさん
久々に平日の昼間に更新したので、常連の方々がお読みになるのは今夜だろうと思っていたのですが、早い!
ありがとうございます。なんかかんどーしてます。
エヴァちゃんがうらやましいのは、もちろん、あっちですよw
私も初恋なんて言葉、今更書いててはずいです。(照

ゆうやん (05/11 21:00) 編集・削除

動物園で見つけて撃沈しました(んなとこで読むな、っちゅう話ですが。なんせ遠足中)最後まで我慢して家で悶絶してました。

>しょ・・小官は・・・軍が、恋人でありまして・・・
だから△なんだよなぁwww「軍=男」ってとられたらどうするんでしょう?
エステまで行ったのにwww

宮尾(みやび) (05/11 23:03) 編集・削除

先に、べる様も仰られておりますが、あえて私も・・・

グリルパルツァー、乙!!(親指をグッと上に立てながら)

遅すぎる初恋とか、エヴァさんの「羨ましい」発言とか、ドコから突っ込めばいいのかもはや分かりませんが、あえて一つに絞るなら・・・

>『だからお前等は、△なのだよ』

いちいち性格が悪すぎるよぉ…w
それにしても、アイゼナッハ夫人は、今後よきロイエンタール夫妻の応援役(?)として活躍してくれそうでちょっと楽しみです・・・w

Jeri Eメール URL (05/13 02:49) 編集・削除

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>ゆうやんさん
私も原作でのバイエルラインのあの発言は、激しく誤解を生むと思ってましたが、案外本音だったりしてとか腐れた想像もしてしまいましたww
エステに行っても最後まで報われない△組でした。

>宮尾(みやび) さん
私、何気にグリ&クナに愛があるのよ!
ついでにトゥルナイゼンくんにも。
彼等のダメダメぶりって、なんか愛しいじゃありませんか?
彼等に何時の日か○が付く日を待ってて下さい☆

ハーレクインもどき -番外編⑧-

はじめに

この長文記事は、ブログ連載の「エルフィーでハーレクインもどき書いてみる」の番外編です。新帝国歴1年8月、ロイエンタール邸で開かれた夜会に集まった人々の人間模様を、帝国軍オールキャラキャストを目指して書きました。最低1話1笑を目標にしましたが、達成できたかどうかは、ご覧になって下さったお客様のご判断。12話完結です。
長くなってしまった為、ブログを辿るのが面倒だろうということで、読みやすいように、倉庫に収納しました。検索などではじめてここに辿り着き、「最初から読んでやろう」という奇特な方は、↑の「Log&Presents」をクリックしてこちらからどうぞ。

 ファーレンハイトとビッテンフェルトが、二人で現れたと聞いた時、ロイエンタールは少々意外だった。独り者の彼等は、てっきり皇帝に随行してくるものと思っていたからである。しかし、その後で執事がすかさず、ご婦人をお連れになっていると耳打ちしたので、得心がいった。
 建国の労を共にした僚友の来訪を、ロイエンタールは、妻と一緒に正面玄関のホールに出迎えて歓待した。
 ファーレンハイトが同伴した女性は、ロイエンタールも顔見知りのビッテンフェルトの姉でもある軍医だった。女ながら佐官階級の彼女は、オレンジ色のショートヘアに薄い茶色の瞳を持つなかなかの美女である。エルフリーデは、その鮮やかな髪の色と、理知的な薄茶色の瞳に、どこか見覚えがある気がしていたが、すぐに思い出せなかった。
 二人の仲は、既に十数年にも及んでいて、軍内でも半ば公認だった。ベルタというこの女性を、ファーレンハイトは、妻だと言って紹介した。
「実は、昨日入籍をしまして・・・」
『こいつもとうとう観念して、自ら棺桶に入ったか・・・』
 自分のことを遥か棚の上において、そんな皮肉を心中で浴びせながら、珍しくも少し照れた様子の僚友を、ロイエンタールは、固い握手で祝福した。
 まだ身内と主な幕僚と副官以外に伝えていないそうで、本日この場を借りて、皇帝への報告を以って正式発表したい意向であるという。
 エルフリーデは、パーティに華を添えるサプライズを歓迎したい一方、ファーレンハイトに憧れ、妄想を膨らませている友人達を思うと複雑だった。
 これまで公式の場では、軍医の制服姿しか見せたことのなかったベルタだったが、この日は、夫の瞳の色と同じ淡い水色の光沢のある生地のドレスを着ており、オレンジ色の髪とのコントラストで一段と映えていた。スリムなマーメイドラインのドレスをスレンダーなボディで見事に着こなしていて、復古主義な型に嵌った帝国女性ファッションの中では異彩を放っている。
『ステキ・・・!』
 エルフリーデは、ファーレンハイト夫人のセンスに目を見張った。
 付き合いの長さや、年齢的なものもあるのだろうが、二人の様子からも、夫との対等な関係が伺え、保守的なエルフリーデにも、新しい時代の大人の女性を感じさせた。保護者と被保護者のような自分達と比べて、遥かに先進的でカッコイイと思える。
 それでも、エルフリーデは、丁寧に旧式の作法に則った祝辞を述べると、ファーレンハイト提督夫妻も、礼を尽くして応じた。
 続いてロイエンタールが、隣のビッテンフェルトに握手を求めた。
「まさか、卿も結婚の報告か?」
「そうしたいのは山々なんだが・・・」
 ロイエンタールの冗談交じりの挨拶に、猪猛将は意外な程真剣な眼差して答えると、ちらりと隣の若い女性に視線を送った。
 ビッテンフェルトがエスコートしてきた女性は、濃褐色の髪と蜂蜜色の瞳が印象的なコケティッシュな美貌の持ち主だった。年齢は、ファーレンハイト夫人よりもずっと若いようだが、自分よりは年長者だと見たエルフリーデは、こちらも礼儀正しく歓迎した。
「ビアンカ」と、ビッテンフェルトにファーストネームで呼ばれている彼女は、工部尚書の秘書官で、こちらも軍ではよく知られた仲だった。二年前の「神々の黄昏作戦」の頃からの付き合いで、フェザーン育ちだというだけに、帝国人女性でありながら自立し、聡明そうな瞳が、生き生きと輝いている。
 しかし、何よりも周囲を驚かせたのは、ファーレンハイト夫人よりも更に斬新な、この日の彼女のファッションだった。
 ビアンカ嬢は、髪を結い上げずに下ろして、小さな花を散らせる形で飾り、深いガーネットのような赤色のドレスを着ていた。膝上の短いスカート丈から、長い肉感的な足が伸びている。深い胸の谷間も露わで、ホルターネックの背中に深いスリットが入るデザインは、ストール外すと、免疫のない堅物の若手軍人等の目を点にさせた。
 二組のカップルを中庭へ案内しながら、エルフリーデは、自分の幼さに若干のコンプレックスを感じていた。
 7時が近づくに連れ、更に賓客が次々と現れると、“ロイエンタール夫妻”も対応に追われることになった。
 ミッターマイヤーの両親も現れて、息子夫婦と再会を喜びあう。
 陽が落ちてくるに連れ、段階的に設定されたライトアップが、徐々に点灯し始めると、黄金獅子と戦艦のトピアリーが、幻想的な影を創り出し、圧巻の風景となっていく。ミッターマイヤーの父は、自分の作品に満足げに頷いた。
 シェフハウゼン子爵家とゲルラッハ子爵家の人々がほぼ同時に現れると、エルフリーデは、目頭が熱くなる思いがした。シャフハウゼン家の二人の息子は、戦艦のトピアリーに夢中になり、子爵夫人ドロテアは、久しぶりに会った伯母のシュヴァイツァー夫人と歓談している。ゲルラッハ夫人は、何年ぶりかの華やかな場に、昔を懐かしむように目を細めた。
 程なくして、宮内尚書のベルンハイム男爵が来場し、皇帝一行が新無憂宮を出立し、間もなく到着する旨を伝えて来た。到着予定時刻は、19時05分で、随行者にシルバーベルヒ工部尚書に、オーベルシュタイン元帥と、その配下の高級士官5名、メックリンガー上級大将、ワーレン上級大将、ルッツ上級大将、ケスラー憲兵総監とシュトライト中将、親衛隊長のキスリング准将と警備の親衛隊員が20名程、次席副官のリュッケ少佐等計34名と、ヴェストパーレ男爵夫人も一行に加わってるとのことだった。ゴールデンバウム王朝時代の皇帝行幸とは比較にならないほど簡素な警備に、質素な車列だった。尚、首席秘書官のフロイライン・マリーンドルフと、その父で国務尚書マリーンドルフ伯は、都合で15分程遅れて到着すると付け加えられた。

「大きくなったわねぇ」
 中庭に出たベルタは、夫に向ってそう慨嘆して見せた。
 まさか一度会っただけの平民の女医のことなど覚えていないだろうと思って黙っていたが、ベルタは10年ほど前、一度エルフリーデに会っている。親族の提督の閲兵式を見に来て怪我をした、当時まだ6歳の幼女だったエルフリーデの傷の手当てをしたのが彼女だった。幼いながらもノーブリス・オブリージュとやらを実践する令嬢は、その後かなりの間、ベルタの記憶に鮮烈に残っていた。とはいえ、、ロイエンタール元帥が結婚すると知り、その相手の名を聞いても、当初は何も思い出せず、気づいたのは、後から式のニュース映像を見た時だった。同時に、あの時の幼女が、訳ありの早婚とはいえ、いつの間にか美しい少女になり、ファーレンハイトの僚友と結婚するとあっては、光陰矢のごとしを感じずには居られない。
 今更焦りを感じたというわけでもなかったが、結果的にロイエンタールの結婚は、彼等の背中を押すことになったのである。
 ファーレンハイトのファッションモデルのような細身の長身が現れると、たちまち少女達が集まっている一角からざわめきが起こった。彼女達の視線は、ファーレンハイトと、彼にぴたりと寄り添う女性に注がれていた。
「ねえ、あの人が噂の恋人かしら?」
「そうみたい」
「ステキなドレス・・・」
「バカね、敵を褒めてどうするのよ」
「だって・・・」
『ファーレンハイト同盟』の少女達が、そんな会話を交わしていると、丁度叔父のゴットルプ子爵夫妻を案内しながら、エルフィリーデが近づいてきた。
「あ、エルフィー、ファーレンハイト提督がお連れになっている女性はどなた?」
 一人のメンバーの少女が、エルフリーデを捕まえて問う。
「あ、あの方は、提督の奥様よ。昨日、ご結婚されたんですって。軍医をしていらして、ビッテンフェルト提督のお姉様でもあるのよ」
 エルフリーデは、友人達を気遣って、務めて淡々と事実だけを述べたが、メンバーの衝撃と落胆ぶりは、大きかった。じわりと涙を浮べてハンカチで目を押さえる者もいれば、呆然と立ち尽くして動けない様子の者もいる。
「もっと早くお会いしたかった・・・」
「そうね・・・奥様より早くお会いできていたら、私だって・・・」
「でも、これが運命というものなのかしら・・・」
 隣で聞いていたロイエンタールは、いつもの冷笑を通り越して、吹き出しそうになってしまった。
『お前らが生まれた頃に出会ってるんだぞ。あの二人は』
 エルフリーデは、それでも何とか友人達を慰めようとした。
「みんな気を落とさないで。ファーレンハイト提督は、確かに素敵な方だけど、他にも若くて有望な提督方もたくさんいらしているのよ」
「ダメ。私、もう恋人なんていらないわ」
「私も。一生一人でいるわ」
「私は、恋人は欲しいけど、このショックから立ち直るには、5年はかかりそう」
「私は、10年は立ち直れないわ」
「戦わずして全艦撃沈・・・!」
 次々に、絶望を口にする友人達に、エルフリーデが言葉を失っていると、メンバーの一人が、涙目を押さえながら毅然と言った。
「でも、せっかくこうしてお目にかかれる機会を得たのだから、やっぱり皆で紹介して頂いて、記念にサインを頂きましょうよ。私は、この本にして頂くわ」
 そう言って、ハンドバックから一冊の書籍を取り出した。
 その本は、『極貧提督の仰天時短&節約術』というタイトルのファーレンハイトの著作だった。先月、フェザーン資本系の出版社から発売されて以来、電子版、ペーパー版共に好調な売れ行きらしい。内容は、一言で言えば、「生活の知恵」の類で、貧乏子沢山一家の長男に生まれたファーレンハイトが、幼少時から軍最高幹部に登りつめた現在に至るまでに身に付けた、様々な節約方法が披露されている。特色は、単なるケチにならず、周囲の人に節約してると感じさせずに、最小限の労力で、最大限の成果を上げる効果的な倹約方法が具体的に書かれている点だった。その内容と、ファーレンハイトの貴公子的風貌との激しいギャップとが一般市民の興味を刺激し、たちまちベストセラーとなった。もっとも、実際に執筆したのは、ファーレンハイト自身ではなく、編集者が彼から聞き取りした内容を、彼の一人称に起こしたものだった。元々は、新体制の軍幹部や閣僚達を特集するお堅い雑誌のインタビューに答えた時、何気なく喋った士官学校時代の話が掲載されたところ、大反響を呼び、今回の出版に至ったのだった。
 エルフリーデは、約束通り崇拝者の少女達をファーレンハイトに紹介することになった。『ファーレンハイト同盟』のメンバー達は、一人づつファーレンハイト夫妻の前に進み出ると、行儀良く結婚を祝う口上を述べ、持参した著書やハンカチ等にサインを求めた。 隣の妻が目で笑う中、ファーレンハイトは、一人一人丁寧に応じてサインを書いてやった。
 

 ファンファーレが鳴り、皇帝一行の到着が知らされると、庭園全体が一瞬静まりかえった。
 来客達は、所定の位置で、若き君主を迎える為に、全員威儀を正す。
 ランドカーが到着し、赤絨毯の上に太陽神が舞い降りると、楽団は国歌を演奏し始めた。
 フラッシュが一斉にたかれた。招待客個人への取材はしないことを条件に、一部メディアを皇帝の到着時から30分間に時間を限定して、所定位置のみへの立ち入りを許可していた。
「本日は、臣の住居へ玉体をお運び頂き、恐悦の極みでございます」
 ロイエンタールが、臣下としての型通りの口上を述べると、ラインハルトは、今宵は無礼講なので、皆が楽しめればそれでよいと鷹揚に答えた。
「伯爵夫人にも、ご健勝で何よりだ。お招きに感謝する」
 ラインハルトは、ロイエンタールの隣のエルフリーデにも儀礼的に声をかけた。
 エルフリーデは、やはりまだこの若者と目を合わせる気持ちになれず、「勿体無いお言葉を賜り恐縮でございます」と、定型文を言って平伏した。
 ロイエンタールが、皇帝にグラスを手渡しながら何事か耳打ちすると、ファーレンハイトがベルタを伴って御前に歩み出た。
 ファーレンハイトから思いがけず結婚の報告を受けると、若き皇帝はグラスを高々と掲げて祝福した。
「予の忠臣にして戦友でもあるファーレンハイトが、新たな家庭を築くこととなった。帝国の未来にとって誠に目出度いことである。今宵、ここに集まった皆と共に、ファーレンハイト夫妻の結婚を祝えることを、予は慶びに思う。――――プロージット!」
 皇帝の掛け声に呼応して、人々は一斉にグラスを掲げた。
「プロージット!!」
「ファーレハイト夫妻に乾杯!」
 楽団が、結婚行進曲を演奏し始めると、邸内に充満した歓喜は最高潮に達した。
 マスコミのカメラも、競ってファーレンハイトとベルタにカメラを向ける。
 間を置かずに、ウエイターとウエイトレスが、総動員で急遽用意されたシャンパンのグラスを配って回る。取材の記者やカメラマン等のマスコミ陣にも振舞われた。
 つい先ほど、ロイエンタールが執事に指示したものだった。彼から僚友へのささやかな結婚祝いのつもりだったが、一本が一般庶民の月給並みの金額もするシャンパンを、即座に何十本も惜しげもなく出すのは、金満家のロイエンタールならではの発想だった。滅多に味わえない代物に、来客達の大半は大喜びだったが、エルフリーデ達未成年者には、ノンアルコールの炭酸入りジューズが出されたのは言うまでもない。

「なるほどな。こういうことだったのか。うまくやったな」
 シルバーベルヒは、シャンパングラスを呷ると、いかにも納得したという顔で、自分の秘書官に向って言った。
「あら、これは計算外ですよ。まあ、うれしい誤算ではありますが」
 ビアンカはそう言うと、こんな機会でもなければ一生縁がないと思われる高級シャンパンを味わいながら上司に答えた。
 レッケンドルフから、この夜会への招待状を受取った工部尚書の秘書官は、何を隠そう彼女である。そして、いつになく熱心に、渋る上司を説得して出席させたのも彼女だった。
 ビアンカの隣では、ビッテンフェルトがミッターマイヤー一家から姉の結婚を祝福されている。
 姉の幸せをずっと願ってきたビッテンフェルトにしても、今夜は感無量だった。
「これで、卿とファーレンハイトは、義兄弟になるわけか」
「ああ。まあ、あっちにしてみれば、不肖の弟ができて先が思い遣られるといったところかもな」
 ミッターマイヤーの言葉に軽口で応じたビッテンフェルトだったが、その目は普段よりも穏やかだった。
 和やかな時間が流れる中、ふと、ミッターマイヤーとビッテンフェルトに、ある共通の疑念が湧いた。
『・・・ファーレンハイト。・・・卿、まさか、結婚披露宴費用を節約・・・? まさか・・な。いや、でも・・・』
 
 
 ロイエンタール邸の夜会は、まだ始まったばかりだった。

***************
えー今回、ゆうやんさんのご好意により、ゆうやんさんちのキャラをお借りいたしました。
原作では全く女っ気なかったファー様とビッテン、ずっと嫁を世話したいと思ってきたものの、私の貧弱な想像力では、どうしても具体像が思い浮かばなかったんです。
漠然と願望としてあったのは、どちらも自立した大人の女性であって欲しいということと、お姫様ではなく、一般人の感覚を持った人がいいということくらいでした。
もう一つ言わせていただけると、よしりんの処女崇拝のせいか、主役級キャラのお相手がやたらと処女だらけだったんで、普通に男性と付き合った経験のある等身大の女性キャラだったらいいなぁと思ってました。
そんな中で、ゆうやんさんが作り出されたベルタ先生とビアンカ嬢は、まさに私の理想とするファー様とビッテンのお相手でした。
今回、こんな駄文に快く出演を許可して下さったことに、心より感謝しております。

コメント一覧

メイ (05/08 07:29) 編集・削除

おお。コラボしてますね。こういうのも、楽しいですねえ。
それにしても、ファー様の貧乏イメージってどんだけ・・・笑。

ゆうやん (05/08 08:44) 編集・削除

朝からうれしいサプライズでいまだに顔がほにゃら~としてます。
2人ともうちではなかなかおしゃれする機会がないので喜んでると思います。本当にありがとうございました。
・・・にしても、「極貧本」で笑かされ、最後に「披露宴費用の節約」で撃沈。これなら確かに披露宴する必要ないですねぇ。次回はミュラーたちが令嬢に遊ばれる番ですかね??腹筋鍛えて待ってます。

べる (05/08 09:14) 編集・削除

あのあの、
温度(華氏)の名前になった
本物のファーレンハイトさんも、
兄弟が沢山いてご長男で、
貧乏だった(両親に死なれた)そうです…。
私、これを最近知ったんですが、
有名な話しかしら?
知ったときは、爆笑で腹痛でした。

>・・・ファーレンハイト。・・・卿、まさか、結婚披露宴費用を節約・・・?
↑噴きました。

まこりん (05/08 21:52) 編集・削除

>披露宴費用を節約
吹いた~。ファー様の節約術には、金持ちの友人にたかるという項目があるに違いないw
元帥の給料がいくらなのかは分かりませんが、ファー様の場合、奥様が医者となると、実は世帯収入は帝国軍でも最高だったりして。

Jeri Eメール URL (05/08 23:38) 編集・削除

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メイさん
長年同人や二次創作にどっぷり浸かった偏見で、一度イメージが固定されると、ちょっとやそっとじゃ揺るがないのがオタクの性なのでございます。
ファー様=貧乏は、既にデフォになっちゃってますw

ゆうやんさん
この度は、そちら様のお子様方にご出演頂き、誠にありがとうございました。
お陰様で、念願の「幸せなファー様」を書くことができました。
なお、ファー様が、本当に披露宴費用節約を狙っていたのかどうかは、神のみぞ知るということになってますwww

べるさん
それは知りませんでした!
いや、もしかしたら、二次創作界でのファー様の貧乏ネタのルーツは、そっちなのかもしれませんね。

まこりんさん
<世帯収入
さすが、まこりんさん!
目の付け処が違いますね。
確かに言われてみれば、そもそも共働きなんて少ない帝国ですから、もし女医さんと結婚したらダントツでファー家がトップでしょうね。
元帥が上級大将の二倍も給料貰ってるとも思えないしw

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