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リセット-寂寞の皇后-(17)

アレクの病が判明すると、即座に皇帝の為に膠原病の専門医を中心とした対策医療チームが結成された。
ラインハルト帝がこの奇病に罹って以来、他に罹病した者が姉のアンネローゼしかいなかった為、皇室の主治医も務めるエミール・フォン・ゼッレ軍医総監は、遺伝性の病であることを念頭に、フェザーンの各医療機関に治療法の研究を指示してきたが、未だ治癒方法は確立されていなかった。
しかし、膠原病の一種であることだけは間違いないので、免疫療法などでかなりの延命が見込めるはずであった。
現にアンネローゼの時は、ラインハルトの治療経験を活かし、罹病後3年強の延命に成功している。
ヒルダは、リセット世界のラインハルトが15年延命したことをこの時ばかりは信じたかった。
もし、その通りならば、アレクもあと15年は生きられるはずである。そして、あの当時よりも更に発達した医療技術により、更なる延命も期待できる。
しかし、ヒルダや他の全ての人々の願いも虚しく、アレク帝は、新帝国歴59年8月、医師団から余命3ヵ月の宣告を受ける。
この時点で父帝の倍以上生きていることになるとはいえ、この時代の男性の平均寿命からすれば早世と言っていい年齢である。
数日の命と知っても超然として自分の運命を受け入れていたラインハルトとは対照的に、56歳のアレクは、余命宣告を受けてから臨終の床に着くまでの間、終始妻の手を取り、「死にたくない」と繰り返していた。
「私はまだ君と16年しか一緒に生活していない。もっともっと君と一緒にいたい。それだけがたった一つの心残りだ」
「私もです。あなた…」
冷静に自分の死後の帝国を託す遺言をヒルダに告げたラインハルトとは正反対の息子に、ヒルダは何とも言えない気持ちを抱えていた。
アレクは、広い病室を囲む重臣や子供達に対して、暫く妻と二人になりたいと言って、全員に退出を命じた。
臨終の3時間ほど前のことであった。
ヒルダも子供達と一緒に部屋を出ると、1時間程して眼を真っ赤に晴らした皇后が部屋から出てきて、親友のフェリックスと、15歳になる皇太子に一緒に入室するよう伝えに来た。
ヒルダは、他の子供達と一緒にまた隣室で只管待った。
更に30分後、皇后の使いがやってきて、全員にもう一度入室を許可した。
アレクは、子供達一人一人に言葉をかけた後、再度手を握る妻に何か言おうとしている。
最早彼の目に、自分を溺愛した母の姿は映っていなかった。
アレクは、皇后のフェリ娘に向かって、途切れ途切れに、ヴァルハラで待っているので、来世も夫婦になろうと言う。
涙で頷く皇后の姿に、ヒルダはリセット世界のラインハルトとキル子の姿を見た気がした。
新帝国歴59年12月3日、ローエングラム王朝二代皇帝アレクサンデル・ジークフリード1世は、家族と重臣達に看取られる中、56歳で崩御した。
未成年の皇太子に代わり、摂政に任命されたのは、皇后の父であり皇太子の祖父でもある57歳のフェリックス・フォン・ロイエンタールだった。
ヒルダは、何時の間にかローエングラム王朝が、ロイエンタールの血脈に支配されているのを感じていたが、フェリックスの摂政就任は誰の目にも妥当であり、異議を唱える者はいないし、ヒルダにしても反対する理由はなかった。
それでも、アレクは彼なりに母親を気遣っていたのか、死の1ヶ月程前に作成された正式な遺言書には、自分の死後のヒルダの生活に不自由がないよう念を押す記載があった。
その一文に僅かな救いを得て、ヒルダは再び余世を離宮で過ごすこととなった。
5年後、第三代皇帝ラインハルト2世は、親政を開始する。
彼は、理想的な三代目君主として帝国の基盤を盤石にし、後世、ローエングラム王朝の歴代皇帝の内、尤も長い在位期間の皇帝となった。
フェザーン人の血を引く皇后との間に4人の子を儲け、他の皇子や皇女達の子も合わせると、ヒルダの曾孫は20人を越えた。
その間、ヒルダの周囲の人々は、次々とヴァルハラに旅立っていった。
アレク崩御の翌年、父のマリーンドルフ伯が、フェザーンの高級老人介護施設で亡くなった。112歳の大往生であったが、それでも自分を無償の愛で支えてくれた肉親を亡くした悲しみは深かった。
ケスラー、ビッテンフェルト、ミッターマイヤー、アイゼナッハ、ワーレン、ミュラー、メックリンガー等、帝国の創生期を担ったラインハルトの僚友達は、若い時の無理が響いたのか、80を過ぎると、毎年のように次々と亡くなり、その度に国葬で弔われた。
新帝国歴77~79年頃にかけて大流行した新たな開拓惑星から持ち込まれたウイルスによる感染症で、フェリックス、マリーカ、エミール等、ヒルダより若い世代が立て続けに亡くなったのも、精神的に堪えた。
個人的な交流は少なかったが、この間には、エヴァンゼリンやルッツの婚約者で、長く帝国看護師協会の理事長の座にあり、ヒルダの配慮で従軍看護師の育成基金団体の理事でもあったクララも亡くなっている。
更には、新帝国歴88年には、皇太后であるフェリ娘までが急死した。
100歳をとうに越えたヒルダだけが何故かいたって健康で、既に初老にさしかかった孫皇帝に、時々政治的な意見を求められては、当意即妙の名答で応じていた。

私は、いったい何時まで生きるのかしら?

ヒルダは、いつしかそんなことを考えるようになっていた。
帝国は平和を謳歌し、ヒルダとラインハルトの子孫達は、玄孫も含めると既に60名を越え、ローエングラム王朝は繁栄を極めている。
そろそろ懐かしい人々の元へ逝きたいと思っているが、一向にその気配がない。
そんな時、ふと不安になるのが、あの幻のリセット世界で「時の番人」が言った言葉だった。

あなたの寿命は125歳。
憎まれっ子世にはばかるの典型。

まさかそんなことがと一笑にふしたが、120歳を過ぎると、どうやら寿命だけは本当のようだと感じるようになった。

新帝国歴101年冬。ローエングラム王朝初代皇后、大皇太后ヒルデガルト・フォン・ローエングラムが御歳125歳で崩御した。
盛大な国葬の後、フェザーンの郊外に既に数十年前から用意されていた御陵に葬られた。
すぐ近くには、息子である第二代皇帝が最愛の妻である皇后と共に合葬されている。
ヒルデガルド大皇太后の最期は、100年近く前に旅立った最愛の夫との再会を夢みるように穏やかだったという。

陛下…ラインハルト陛下…
何処にいらっしゃるのですか?
私もやっと、こちらへ来ることができました。
早く迎えに来て下さい。
ラインハルト様…

20代の若い姿になったヒルダは、雲の中にいるような重力を感じない世界で夫を探していた。

ここは、ヴァルハラなの…?

少し目が慣れてくると、同盟も帝国もなく、様々な人々が現世の蟠りを捨てて楽しげに暮らしている様子が見えてきた。
原則的に、天寿を全うした人は、現世で自分が一番輝いていた年齢になり、夭折したり早世した者は、死亡時の年齢になっているらしい。
ヒルダはその中に、一際輝くオーラを放つ美青年を見つける。

「陛下…!」

ヒルダは懐かしい夫に向かって走り出した。
だが、その声に目線を向けた彼の表情には、不思議そうな困惑の色が浮かんでいるだけだった。

「失礼だが、貴女はどなたですか?」

ヒルダは、ショックですぐに言葉が出ない。
しかし、よく考えてみると、彼が亡くなってから100年近い歳月が経っている。

「私です、陛下。あなたの妻、ヒルデガルトです。現世では殆ど名前で呼び合うことがなくて、あなたは結婚してからも私のことを『カイザーリン』とお呼びになっていらっしゃいました」

だが、ヒルダの必死の訴えを、目の前のラインハルトは笑い飛ばした。

「ははは…これは、とんだ間違いだ。私の妻はこの100年ずっとここで一緒に暮らしている。残念ながら、私は現世での記憶が薄いタイプなので、家族のことしか覚えていない」

そう言うと、何時の間にかラインハルトの後ろに少し大きめの瀟洒な邸宅が現れ、中から見覚えのある赤毛の少女が現れた。

「あなた、どうなさったの?」

そう言って、当然のようにラインハルトに寄り添う女性は、間違いなくリセット世界でラインハルトの寵姫となったキル子だった。
しかも、リセット世界でヒルダが殺させた子供達まで連れている。

そんな…嘘よ…キル子なんて存在しなかったはずよ…!

ヒルダは、目眩を起こしかけて、よろめいた。

「大丈夫ですか?」

そう言って、彼女を後ろから支えたのは、長身の赤毛の若者だった。
現世でカストロプ動乱の時、一度だけ会ったことのあるキルヒアイスだった。
その傍らには、二十代のアンネローゼの姿があった。
4人はこの家でずっと暮らしているらしいが、誰もヒルダのことを覚えていなかった。

「どうやら、『お一人様』の迷子らしい。キルヒアイス、お気の毒なんで、誰か彼女と話ができる人間を探して連れて行って差し上げろ」
「はい。ラインハルト様。さ、フロイライン、ここは伴侶のいる人間の住む地区です。貴女の行くべきエリアを探しに参りましょう」

ラインハルト等3人の姿は、あの家に入ったのか、何時の間にか消えていた。
ヒルダは仕方なく、訳が分からないままキルヒアイスに手を引かれて歩き出した。
途中、何とか情報を得ようと彼に色々と質問してみた。
すると、一緒に暮らしている青年は、間違いなく現世でローエングラム王朝の初代皇帝だったラインハルトで、金髪の女性の方はここでは彼の妻となっているアンネローゼとのことだった。
ただし、ラインハルトの妻のキル子は、本来なら自分の妹として生まれ、現世でもラインハルトの妻となるよう大神オーディンによって定められた者だが、運悪く逆子になってしまった為、当時の帝国の極端な復古主義で退化した医療水準の所為で死産となってしまい、現世に生まれ出ることができなかったのだとういう。
このようなケースはままあり、そういう魂は、赤子のままヴァルハラに行き、魂の伴侶がやってくると、相手の年齢に相応しい姿になって、こちらで夫婦になるのだという。

「そんな…では、そのような場合、現世での配偶者はどうなってしまうのですか?」

ヒルダは、目の前が真っ暗になるのを感じながら、やっとの思いで訊いた。

「魂の伴侶が現世に生まれ出ることが叶わなかった人は、たいていは一生を独身で過ごすか、早世してしまうのです。しかし、稀に立場上どうしても結婚しなければならない場合や、子供を作らなければいけない事情などかある場合、今世だけの出産マシーン的な役割の仮妻とか、精子提供者的役割の仮夫が遣わされます」

ヒルダは再び打ちのめされた。
ラインハルトにとっての自分は、キル子のいない世界で、後継皇帝を残すだけの単なる子宮提供者に過ぎなかったのか?
確かに、彼との間に恋愛や夫婦愛が存在したという実感のないヒルダにとっては、認めざるを得ない悲しい現実だった。

「では、そうした仮妻は、ここではどうなってしまうのですか?」

「殆どが『お一人様』として扱われます。子供の魂以外は、ここでの生活の最小単位は、二人なので、一人の方はワンランク下の待遇になってしまうのですが…」

キルヒアイスは、少し言いにくそうに語尾を濁した。

そんな…私は、あれだけ一生懸命現世であの方の遺した帝国の為に働いたのに、ここでは妻として認められないなんて…ひどい…ひど過ぎるわ…!
なんの為に、あの方亡き後100年間も生きてきたのだろう。
全てはラインハルト陛下にヴァルハラで再びお会いして、あの方の遺した帝国を立派に引き継いだことを喜んで頂く為ではなかったのか?
それなのに、よりによって、こちらのあの方の妻は、あの憎いキル子だなんて…!

「大丈夫ですよ。『お一人様』は、何か決定的なものが欠落している人が殆どなんです。こちらで魂修行をすることで、それに気づいて、足りないものを身に付ければ、あなたも大神オーディンによって、魂の伴侶を充てがってもらえますよ」

明るく励ますキルヒアイスの言葉にも、ヒルダは希望を見い出せなかった。
自分の伴侶は、現世でもヴァルハラでも来世でもラインハルトしかいないと思っていた。それが叶わないと知ったら生きている意味がない。
いや、ここはもう死後の世界なので、その言い方は変か。
自分の魂自体を消滅させて全てを無に帰してしまいたい。
それが今のヒルダの唯一の願いだった。

「ここでは現世での自殺行為のようなことはできませんよ。魂の消滅も生成も全て大神オーディンがお決めになることです」

え?
と、ヒルダはキルヒアイスの澄んだ瞳を見た。

「私は、どうもここではランクが高い人間らしくて、大概の方の考えていることが分かってしまうんですよ」

「ここでは、皆何をして過ごしているのですか? 陛下…いえ、ラインハルト様は?」

「そうですね。人によって様々ですが、大概は、現世で未練を残してきたことをしています。働いている人もいれば、只管親に甘えている人もいます。ラインハルト様は、今、主に二つのことをなさっています。一つは、最期まで後悔していたヴェスターラントで亡くなった方達や、自分の個人的な感情で戦争をし、死なせてしまった多く戦死者の方々と会話ができるようになること、もう一つは…」

と言いかけてキルヒアイスは止めた。
ラインハルトは、こちらに来てからずっと現世で不可能だったキル子との『恋』をしている。
だが、今それを現世での仮妻であるヒルダに言うのは酷なことだと思い、言葉を切ったのだ。

ヴェスターラントの死者などたかが200万人ではないか。
あの方が受けた親友のキルヒアイス提督を失うということで、それは充分に罰を受けており、尚有り余る改革による成果によって、プラス要素の方が大きい。
また、自分は一応反対したが、第八次イゼルローン攻略戦にしろ、回廊の戦いにしろ、帝国全体の人口からするえば、大した戦死者数ではない。
それよりも、同盟側に対しても帝国民に対しても、ラインハルト帝が常勝無敗の軍神であることを知らしめた成果の方が大きい。
口には出していないが、これが、自分を慕う身近な人以外を全て数字で考えるヒルダの発想だった。

その感性が、あなたを『お一人様』にしているのですよ。

彼女の心の声が聴こえるキルヒアイスは、そう教えてやりたかったが、ここではそれはルール違反なので、ただ、悲しげに憐れみの籠った瞳で見つめるしかなかった。

まだ諦めきれないヒルダは、自分とラインハルトとが、何とか一緒にいられる方法はないのか?
どうしても無理なら、また仮妻でもいいので、再び現世で夫婦になることはできないのか?と訊ねた。
しかし、キル子の存在が既にあり、仮に彼女がいなかったとしても、元々ヒルダとラインハルトとは魂の形や質が、本来正反対で互いに補うべきところがそっくりで、逆に似ているのが望ましい部分が全く違うので、どう頑張っても彼とは結ばれることはないと言う。

「大丈夫ですよ。あなたは、以前の現世では、かなり大きな功績もあった方ですので、マイナス分を差し引いても、全体的にはプラス評価になっているはずです。そういう場合、大神オーディンのお慈悲で、あなたに相応しい魂の伴侶を決めて下さいます。きっとあなたにぴったりの伴侶を娶せて下さり、その人と一緒に魂修行に励んで結魂できれば、あなたも我々のエリアに住めますし、現生に転生しても魂の伴侶と結ばれることができて、幸せになれますよ」

キルヒアイスの屈託のない笑が、僅かにヒルダを救う。

本当かしら?
ラインハルト陛下以外に、私にもっと相応しい方などいらっしゃるのかしら?

ヒルダは、ラインハルトへの未練や執着とは別に、次第にオーディンによって決められる伴侶という存在に興味を持っていった。

その間、無重力地帯のような道を歩きながら、様々な人を見つけた。
亡きラインハルトの幕僚達や、亡くなった親族達、彼女を慕っていた使用人達まで楽しげに家族や配偶者と一緒に過ごしている。
現生で遂に独身を通したミュラーやビッテンフェルトも伴侶らしき女性と一緒だった。
どうやら彼等の妻になるべき運命だった女性達も、キル子同様何らかの事情で生まれ出ることができなかったのか、彼等と出会う前に早世してしまったらしい。
しかし、解せないのは、彼等の誰一人として、声をかけても全く応答がないことだった。
現生で皇后や皇太后だった彼女にしてみれば、無礼千万であるが、意識してやっているのではなく、本当に彼女の声が聞こえないらしいし、姿が見えていないようだ。
キルヒアイスによると、魂のランクによって、話をできる人の範囲も限られているし、見える人も限られているらしい。
ヒルダのランクは微妙な位置で、彼女自身はたくさんの人が見え、声も聴こえるが、相手が彼女の存在に気づき、会話が可能な者は限られているという。
現生で、常に帝国中からその姿が注目を浴びていたのとは、まるで正反対だった。

「母上!」

ふいに彼女を呼ぶ声がして、振り返る。
見れば、40歳くらいの姿の息子のアレクが、二十代に見える妻のフェリ娘と仲良く並んで立っていた。
ヒルダは、元気な最愛の息子の姿に感激すると同時に、やっと自分と会話が可能な見知った人物の出現に安堵した。
キルヒアイスは、「お身内が見つかったようですので、では、私はこれで」と言って、去っていった。
ラインハルトと自分との仲は絶望的だったが、こうして現世で彼との間に産んだ最愛の息子に再び会えたのは、何よりの喜びだった。
アレク夫妻は、今は少し前に妻がやってきたフェリックスと隣同士で住んでいるのだという。
ラインハルトとキルヒアイス同様、ヴァルハラでも彼等の親友関係は変わらないらしい。
すぐ近くでは、ロイエンタールとエルフリーデの住む帝国貴族風の邸があり、ミッターマイヤーとエヴァンゼリンの住む庶民的な住居と隣同士仲良くしているらしい。
アレクによると、フェリックスの養育を放棄したことがずっと心に引っ掛かっていたロイエンタールとエルフリーデは、フェリックスの妻がこちらへ来るまでの間、赤ん坊の姿のフェリックスを地上と同じだけの時間をかけて育児したのだという。
だが、ヒルダは、そんな話には興味がなかった。

「あなたが引き裂いた母子ですよ…」

アレクが、少し寂しそうな声で言う。
ヒルダには、意味が解らなかった。

「私が?なぜ私があの母子を引き裂いたことになるの?」

それが解らないから、あなたは我々とは一緒にいられないのです。
アレクは、キルヒアイスと同じ台詞を声に出さずに言うと、現生での生みの母に向けて、ただ、悲しそうな視線を返すだけだった。

「ああ、迷子の『お一人様』というのはこちらですね。さ、あなたのエリアは、こっちですよ」

何時の間にか、両脇にワルキューレが立ち、ヒルダを連れて行こうとする。
ヒルダは、「待って、まだ息子と話があるの」と言いたかったが、声を発する間もないスピードで身体が下降すると、一気に別エリアに着陸した。
ヒルダが下ろされたエリアは、以前いた場所よりも幾分暗く、寒い場所だったが、そこにも人は大勢いて、自由に歩き回って生活していた。
アレク達のエリアと違っているのは、カップルが殆ど見当たらず、殆どが単身者であることだった。
ワルキューレの一人が、ヒルダの前に進み出て、現生で並ぶ者無き高貴な女性だった彼女に向かって、居丈高に言い放つ。

「現世名・ヒルデガルト・フォン・ローエングラム、大神オーディンのお慈悲により、現世での功績多しと認め、そなたに最も相応しい伴侶を与える。有り難くお受けし、これからは、伴侶と共に修行に励み、転生後は夫婦となって、再びヴァルハラに戻りし折は、上のエリアに住めるように更に修行に励むよう命じる」

久々に他人に命令されたヒルダは戸惑ったが、ヴァルハラでは現世の身分はいっさい考慮されないことは、彼女も知識としては知っていたので、何も言わずに取り敢えず頷いた。
「では、そなたの伴侶に引き会わせる」

ワルキューレの言葉が終わると同時に、目の前に、ぼうっと男性らしい影が現れた。
スラリとした長身で、なかなか整った容貌の持ち主であることが判って少しほっとしたが、相手の男の顔がはっきりするに連れ、ヒルダの表情は、見る見る強ばった。

「これはこれは、カイザーリン。まさかあなたと娶せられるとは奇遇ですな」

い…いやっ…!

ヒルダは、嫌悪感を露にして後ずさった。
男は、年齢こそ30代半ばの姿をしているが、紛れも無くあのヨブ・トリューニヒトだった。

これは何かの間違いだ。
自分もラインハルト帝も、最も軽蔑していたはずの男と、なんでよりによって大神オーディンによって伴侶に定められなければならないのか?

「まあ、そう嫌わないで下さいよ。現世では互いに同盟と帝国のエゴイズムの怪物同士。我々は似た者同士として仲良くやっていきましょう」

トリューニヒトの独特の抑揚のある演説口調が、ヒルダには耳障りだった。
第一、こんな男と自分を一緒にしないで欲しい。

「あなたはともかく、私までがエゴイズムの怪物呼ばわりされる覚えはないわ。これは何かの手違いよ」

「おや、あなたは現世の功績では大幅に私を上回っておられるので、私もよもやあなたと伴侶になれるとは思ってもみませんでしたが、ご自分自身の肝心なことをお解りでないところを見ると、その分で同レベルと見倣されたようですな。少なくとも私は、自分がエゴイストである自覚がありますから」

「私は誰よりも他者に対して優しく接し、ラインハルト陛下を支えてきました。エゴイスト呼ばわりは私に対する侮辱です」

「ほお…あなたの優しさや理性は、帝国国民の為ではなく、全てラインハルト・フォン・ローエングラムという絶世の美青年の気を惹く為の点数稼ぎだったのではないですか?そういうのを、エゴというのですよ」

核心を突かれたヒルダは、返す言葉がなかった。
だが、いくら大神オーディンの思し召しとはいえ、この男とだけはイヤだった。

「大神オーディン!お願いします。この男とだけは結魂などできません。こんな男と一緒になるくらいなら、私は永久に一人で結構です。どうか願いをお聞き届け下さいっ!」

その時、稲妻が光り、一筋の光りが降りてきた。
ヒルダの悲痛な叫びは、遥か天上のオーディンに届いたようだ。
光りの中から、重厚で厳かな声がはっきりと聴こえる。

「わかった。ヒルデガルトよ。本来なら一度決めた伴侶を拒否することはできぬ決まりだが、そなたが、そこまでの覚悟なら願いを聞き入れよう。ただし、約束通り、今後そなたは永久に一人だ。周囲に他の人々はいるが、彼等にはそなたの姿も見えなければ声も聴こえない。そなたにも、他の人々の気配は感じても、はっきりと姿が見えないし声も聴こえない。永劫の孤独を味わうのだ!」

大神オーディンの言葉が終わると同時に、光りは闇に変わり、ヒルダの周囲から全てが消えた。
あのトリューニヒトの姿も他の魂も消え、底冷えの空気だけが、荒涼とした空間に残っただけの世界に、ヒルダはたった一人で取り残された。

ヒルダは、呆然として言葉が出ない。
なぜ、善行を積んでヴァルハラに来た自分が、このような目に遭わねばならないのか?

「この無の世界で、永遠の時間を過ごすのだ。それがそなたの選んだことだ」

大神オーディンの重厚な声が、冷たく響いた後は、いっさいの音声が消えた。

「待って…!待って下さい、大神オーディン!お願いです!」

しかし、ヒルダの叫びはもう誰にも届かず、ただ無限の静寂の中に、再び一人取り残されていた。



あーあ、だから再リセットなんてせずに、現世でリセットしたまま長い贖罪の日々を送ればよかったのにさ。
リセット世界は、確かに彼女にとっては悲惨だったけど、全体的として見れば、余計な戦争をしなかった分、圧倒的に死人が少ないし、生き残って幸せになった人の方が多かったからね。
でも、ヒルダたんは、結局、大多数の国民の幸福よりも、ラインハルト陛下の寿命よりも「自分」が大事だったようだね。
ラインハルトくんの伴侶になるのは無理だけど、あのままリセットせずに終身刑のままヴァルハラに行って、少しだけ魂修行をすれば、あと30年もしたらまたスペックの高い女性に生まれ変わって、ラインハルトくんの子孫の4代目皇帝と結婚する予定だったんだけどなぁ。
そうしたら、今度こそ魂レベル上がって、ちゃんとしたカップルで幸せになれたのにさ。
「時の番人」の言葉も既にヒルダには全く聴こえなかった。

「さらば、寂寞の皇后よ!」

「時の番人」が、最後に放った言葉も、ヒルダには気配すら感じることができなかった。

-完-

コメント一覧

べる 2012年08月23日(木)20時54分 編集・削除

これは手厳しい!!
ヒルダたんは無限の孤独地獄ですかっ。
(いやまあ、こういう人物って実際にいますけど。
         しかしもっとレベルの低い人格で)

じゃあ、私はどうすれば良かったの?
っていうヒルダたんの悲鳴が聞こえてきそうな……。

ううむ。
実際に修道女になっちまった方々とかつて交流があったので、
ヒルダたんが
まるで神に仕えるかのようにラインハルトに仕えちゃった…
っていう姿を想像していた私には、これは衝撃だわ。

でも、とても面白かったです。
本当に読み応えがあって、この世界を満喫致しました。
(懐かしいwヴァルハラ設定も着いてきたしv)

ゆうやん 2012年08月23日(木)22時31分 編集・削除

これは・・・想像以上に厳しかったですね。
時の番人のいうことももっともだけど、まさか嫉妬に任せて荒れ狂ったリセット世界よりも一応賢夫人として穏やかに生ききった再リセット世界の方がこの結末とは、と思いました。


ヒルダのお話なのでラインハルトは脇役なのですが、それにしても「あんた、あれだけ好き放題やってきてヴァルハラではキルPに姉上、キル子とそれは恵まれすぎじゃない。」とか突っ込んでみたりw

これを読み始めてから時々ヒルダの周りをラインハルトが幽霊として見守ったらどうなるかなぁと考えてしまいますw変則ライヒルに片足突っ込む感じでしょうか。

とても読み応えあって面白かったです。あらすじでこれなら小説になるとどうなるのかしら?

Jeri 2012年08月23日(木)23時48分 編集・削除

>べるさん
これから記事にしますが、最大限に手厳しくしたのには、理由があるんです。

>じゃあ、私はどうすれば良かったの?
全ては、彼女が無自覚に人の命を数字で考えていて、ラインハルトに対しては、それができる立場に居ながら、結局自分の保身を優先して「身体を張って諌める」(特に回廊の戦い)ことをせずに、点数稼ぎに終始してしまったことにあります。
125年の寿命の中で、どこかでそれに気付いくれればよかったのですが、結局死んでも気づかなかったので、ラインハルトにも忘れられ、アレクにも「それが解らないからあなたは一人なんですよ」と言われてしまいます。
ですが、確かに現世の功績で、ヒルダはヴァルハラでもやり直すチャンスを与えられます。
それが、同じエゴイズムの怪物同士のヨブさんとカップルになって、二人で足りない部分を補いあって精進することだったのですが、ラインハルト以外目に入らないヒルダはこれも拒否。
こうなると、もうオーディンも「一生一人でいろ」っとなってしまうわけです。
キル子が死産していたのも悲劇でした。
もし、キルヒアイスの妹として、彼女が生まれていれば、アンネローゼと4人の誰も入っていけない四角形を築いたことでしょう。
ヒルダがリップシュタット前に面会した時点では、ラインハルトとキル子は既に恋人同士か結婚していて、ヒルダもそれ以上の感情には発展せず、彼女は生涯をそれこそ修道女のように皇帝に秘書官として仕えて人生を終えたと思います。
その間にマリーンドルフ女伯として、相応の男を婿養子に迎えて、そこそこ幸せな人生を送ったかもしれません。
彼女の最大の罪は、ヴェスターラントの件で落ち込む精神的に未熟なラインハルトを、「数の論理」で慰めてしまい、彼に自分の罪を一生背負うだけの覚悟を持たせられず、君主として未熟な男にしてしまった点だと思います。


>ゆうやんさん
ラインハルトが現世でたくさんの命を無駄に奪うことを重ねながら、4人で幸せな最大の理由は、彼が自分の罪に気付いたことにあります。
だから、キルヒアイスの言うように、現世であれだけの覇業をなしながら、あまり記憶がないことで、彼なりにペナルティを課せられています。
でも、自分が悪いことをした自覚は持てたので、一生懸命ヴェスターラントの死者その他との会話が可能になるよう頑張っているわけです。
キルヒアイスや、何といっても本来のパートナーであるキル子の存在が大きいと思います。やはり、我が身を顧みず換言してくれる存在って必要なのですね。
ヒルダは、最後まで「私の何が悪いの?」で自分の狡さに気付かなかったのが致命的でした。

ごん 2012年08月24日(金)00時01分 編集・削除

 完結お疲れ様です。
 ヴァルハラのオチが……orz。

 個人的にはどっちが良かったともいえない歴史という気がします。
 確かに死者の数はキル子ちゃん存在ルートの方が少ないですけど、内戦ですからねえ……。内戦って、結構後の世代へのトラウマが継がれる気がします。スペインとかユーゴとか。

 原作その後ルートではアレク&その子孫が存在する分、マクシミリアン&その子孫が存在しない、キル子ちゃんルートではその逆……と考えると難しいものがあります。
 時の番人のような超越的な存在ならともかく、人の身には甲乙付けがたいものがありますね。

余談。
 アレクよもや赤子の…げふんげふんというネタですが、さすがにそれはなかったですね。失礼しました。
 私も読んだことはないのですが、日本の古典に、帝か誰かが、その娘がお腹の中にいるうちから「わがもの」といい、成長をまってその言葉を実行するという話があるらしいです。私が読んだのは小説の中の引用だったので、その作者の創作の可能性がありますが。ついそれを連想してしまってました。(やれやれ)
では。

非公開 2012年08月24日(金)00時08分 編集・削除

管理者にのみ公開されます。

葉子 2012年08月24日(金)01時21分 編集・削除

祝!完結(お疲れ様でした☆)

毎回、予想の斜め45度以上上を行く展開に「次はどう来る!?」とドキドキしながら読んで来ました。
…まさかのラストに口があんぐりwww

神様は全部お見通し、って奴でしょうか。
再リセットしてもこの結末…なのは、やはりヒルダたんの「ケチ(エゴ)のつき始め」が、前にコメントでやりとりさせていただいた原作7巻の『女を下げたあの一言』なのかなと、自分は思いました。だって、この話の世界だと、ヒルダが沈むごとにロイエンタール(一族w)が上がっていくんですもの。
人を呪わば穴二つ…。

>>赤ん坊の姿のフェリックスを地上と同じだけの時間をかけて育児したのだという。
お嬢さま育ちだけどエルフリーデたんの母性愛はおそらく銀河最強(原作比)。
せめてあの世では親子水入らずで過ごしてほしい。遊びつかれた息子をお父さんが背負い、お母さんは息子のリュックを片手に持ち、もう片方の手はお父さんとつないでるとか(><)。どりい夢ですな。
-------------------------------------------
SCC関西18(インテ)レポ:
銀英サークルは14くらいあったと思います。6号館の3階という一番奥地でしたが、それなりににぎわっていました。これから宝塚wwwなので、今年の秋冬はヅカ銀本が豊作だといいなあ、と思いました。

※『寂寞の皇后』制作秘話も楽しみにしています。

葵猫 2012年08月24日(金)23時50分 編集・削除

う〜ん、このヒルダ、女性としてというより、人間としてどうよ、という感じですね。
メルカッツ提督がブラ公を貴族社会が長く続くなかで生まれた病人と評しましたが、まさしくそれですね。
あ、一つ突っ込み系の質問を。
このヴァルハラではオベ様の魂の伴侶はどうなっているのでしょうか?
彼はヒルダほど決定的に何かが欠けてはいないと思いますが。

Jeri 2012年08月25日(土)02時01分 編集・削除

>ごんさん
>どっちが良かったともいえない
マンガの「リセット」のエピソードも、殆どがそんな感じで終わってます。
或いは、再リセットして結局同じ道を歩むか、リセット前より悲惨になるかです。

>日本の古典に、帝か誰かが、その娘がお腹の中にいるうちから「わがもの」といい
私が知っているよく似た話では、三国志の曹操が、まだ幼児か乳児の誰からの二人の娘を「○○の娘達は美人になる」と言って、その時は周囲も冗談半分に受け止めていたのが、後年、成長したその娘たちを本当に自分の側室したという話です。
日本の古典は、中国のものが原典でアレンジしたものが多いとききますから、もしかしたらこれも三国志からのパクリかも。

>非公開コメのあらすじ
ぜひぜひ作品にして下さい。
お願いします。

>葉子さん
>ヒルダが沈むごとにロイエンタール(一族w)が上がっていく
恐らく作者にはそんなつもりはなかったのでしょうが、結果的にロイエンタールとヒルダは天敵のようになってしまってますよね。
>どりい夢
ロイエルにピンと来ない方々にとっては、「どーしてあの二人からそういう妄想が産まれる?」と言われそうですね。

>ヅカ銀本
出して下さる方、いらっしゃるんでしょうか?
あったらぜひ、久々にコミケに行きたいです。

>葵猫さん
>女性としてというより、人間としてどうよ
ヒルダがラインハルトを慰めた「罪があったとしても既に報いを受けている」と「罪があり、報いがあって、最後に成果が残ったのです」は、どう言葉を解釈しても死んでしまったその他大勢の人々の命を軽視した台詞ですよね。
よしりんにはそんなつもりはなかったんでしょうけど。
だからこの「寂寞の皇后」は「ヒルダの台詞を普通に解釈すると彼女はこういう女だったことになってしまうと」という私からよしりんへの届かぬメッセージでもあるのです。

あ、オベ様の伴侶ですか?
オベ様は、この作品世界のオーディン(笑)である私の裁定で、キルヒアイスと並ぶ魂レベルの高い人ということになってます。
伴侶はもちろん、い…(以下省略w)

非公開 2016年11月20日(日)02時39分 編集・削除

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非公開 2017年04月08日(土)14時24分 編集・削除

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