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リセット-寂寞の皇后-(17)

アレクの病が判明すると、即座に皇帝の為に膠原病の専門医を中心とした対策医療チームが結成された。
ラインハルト帝がこの奇病に罹って以来、他に罹病した者が姉のアンネローゼしかいなかった為、皇室の主治医も務めるエミール・フォン・ゼッレ軍医総監は、遺伝性の病であることを念頭に、フェザーンの各医療機関に治療法の研究を指示してきたが、未だ治癒方法は確立されていなかった。
しかし、膠原病の一種であることだけは間違いないので、免疫療法などでかなりの延命が見込めるはずであった。
現にアンネローゼの時は、ラインハルトの治療経験を活かし、罹病後3年強の延命に成功している。
ヒルダは、リセット世界のラインハルトが15年延命したことをこの時ばかりは信じたかった。
もし、その通りならば、アレクもあと15年は生きられるはずである。そして、あの当時よりも更に発達した医療技術により、更なる延命も期待できる。
しかし、ヒルダや他の全ての人々の願いも虚しく、アレク帝は、新帝国歴59年8月、医師団から余命3ヵ月の宣告を受ける。
この時点で父帝の倍以上生きていることになるとはいえ、この時代の男性の平均寿命からすれば早世と言っていい年齢である。
数日の命と知っても超然として自分の運命を受け入れていたラインハルトとは対照的に、56歳のアレクは、余命宣告を受けてから臨終の床に着くまでの間、終始妻の手を取り、「死にたくない」と繰り返していた。
「私はまだ君と16年しか一緒に生活していない。もっともっと君と一緒にいたい。それだけがたった一つの心残りだ」
「私もです。あなた…」
冷静に自分の死後の帝国を託す遺言をヒルダに告げたラインハルトとは正反対の息子に、ヒルダは何とも言えない気持ちを抱えていた。
アレクは、広い病室を囲む重臣や子供達に対して、暫く妻と二人になりたいと言って、全員に退出を命じた。
臨終の3時間ほど前のことであった。
ヒルダも子供達と一緒に部屋を出ると、1時間程して眼を真っ赤に晴らした皇后が部屋から出てきて、親友のフェリックスと、15歳になる皇太子に一緒に入室するよう伝えに来た。
ヒルダは、他の子供達と一緒にまた隣室で只管待った。
更に30分後、皇后の使いがやってきて、全員にもう一度入室を許可した。
アレクは、子供達一人一人に言葉をかけた後、再度手を握る妻に何か言おうとしている。
最早彼の目に、自分を溺愛した母の姿は映っていなかった。
アレクは、皇后のフェリ娘に向かって、途切れ途切れに、ヴァルハラで待っているので、来世も夫婦になろうと言う。
涙で頷く皇后の姿に、ヒルダはリセット世界のラインハルトとキル子の姿を見た気がした。
新帝国歴59年12月3日、ローエングラム王朝二代皇帝アレクサンデル・ジークフリード1世は、家族と重臣達に看取られる中、56歳で崩御した。
未成年の皇太子に代わり、摂政に任命されたのは、皇后の父であり皇太子の祖父でもある57歳のフェリックス・フォン・ロイエンタールだった。
ヒルダは、何時の間にかローエングラム王朝が、ロイエンタールの血脈に支配されているのを感じていたが、フェリックスの摂政就任は誰の目にも妥当であり、異議を唱える者はいないし、ヒルダにしても反対する理由はなかった。
それでも、アレクは彼なりに母親を気遣っていたのか、死の1ヶ月程前に作成された正式な遺言書には、自分の死後のヒルダの生活に不自由がないよう念を押す記載があった。
その一文に僅かな救いを得て、ヒルダは再び余世を離宮で過ごすこととなった。
5年後、第三代皇帝ラインハルト2世は、親政を開始する。
彼は、理想的な三代目君主として帝国の基盤を盤石にし、後世、ローエングラム王朝の歴代皇帝の内、尤も長い在位期間の皇帝となった。
フェザーン人の血を引く皇后との間に4人の子を儲け、他の皇子や皇女達の子も合わせると、ヒルダの曾孫は20人を越えた。
その間、ヒルダの周囲の人々は、次々とヴァルハラに旅立っていった。
アレク崩御の翌年、父のマリーンドルフ伯が、フェザーンの高級老人介護施設で亡くなった。112歳の大往生であったが、それでも自分を無償の愛で支えてくれた肉親を亡くした悲しみは深かった。
ケスラー、ビッテンフェルト、ミッターマイヤー、アイゼナッハ、ワーレン、ミュラー、メックリンガー等、帝国の創生期を担ったラインハルトの僚友達は、若い時の無理が響いたのか、80を過ぎると、毎年のように次々と亡くなり、その度に国葬で弔われた。
新帝国歴77~79年頃にかけて大流行した新たな開拓惑星から持ち込まれたウイルスによる感染症で、フェリックス、マリーカ、エミール等、ヒルダより若い世代が立て続けに亡くなったのも、精神的に堪えた。
個人的な交流は少なかったが、この間には、エヴァンゼリンやルッツの婚約者で、長く帝国看護師協会の理事長の座にあり、ヒルダの配慮で従軍看護師の育成基金団体の理事でもあったクララも亡くなっている。
更には、新帝国歴88年には、皇太后であるフェリ娘までが急死した。
100歳をとうに越えたヒルダだけが何故かいたって健康で、既に初老にさしかかった孫皇帝に、時々政治的な意見を求められては、当意即妙の名答で応じていた。

私は、いったい何時まで生きるのかしら?

ヒルダは、いつしかそんなことを考えるようになっていた。
帝国は平和を謳歌し、ヒルダとラインハルトの子孫達は、玄孫も含めると既に60名を越え、ローエングラム王朝は繁栄を極めている。
そろそろ懐かしい人々の元へ逝きたいと思っているが、一向にその気配がない。
そんな時、ふと不安になるのが、あの幻のリセット世界で「時の番人」が言った言葉だった。

あなたの寿命は125歳。
憎まれっ子世にはばかるの典型。

まさかそんなことがと一笑にふしたが、120歳を過ぎると、どうやら寿命だけは本当のようだと感じるようになった。

新帝国歴101年冬。ローエングラム王朝初代皇后、大皇太后ヒルデガルト・フォン・ローエングラムが御歳125歳で崩御した。
盛大な国葬の後、フェザーンの郊外に既に数十年前から用意されていた御陵に葬られた。
すぐ近くには、息子である第二代皇帝が最愛の妻である皇后と共に合葬されている。
ヒルデガルド大皇太后の最期は、100年近く前に旅立った最愛の夫との再会を夢みるように穏やかだったという。

陛下…ラインハルト陛下…
何処にいらっしゃるのですか?
私もやっと、こちらへ来ることができました。
早く迎えに来て下さい。
ラインハルト様…

20代の若い姿になったヒルダは、雲の中にいるような重力を感じない世界で夫を探していた。

ここは、ヴァルハラなの…?

少し目が慣れてくると、同盟も帝国もなく、様々な人々が現世の蟠りを捨てて楽しげに暮らしている様子が見えてきた。
原則的に、天寿を全うした人は、現世で自分が一番輝いていた年齢になり、夭折したり早世した者は、死亡時の年齢になっているらしい。
ヒルダはその中に、一際輝くオーラを放つ美青年を見つける。

「陛下…!」

ヒルダは懐かしい夫に向かって走り出した。
だが、その声に目線を向けた彼の表情には、不思議そうな困惑の色が浮かんでいるだけだった。

「失礼だが、貴女はどなたですか?」

ヒルダは、ショックですぐに言葉が出ない。
しかし、よく考えてみると、彼が亡くなってから100年近い歳月が経っている。

「私です、陛下。あなたの妻、ヒルデガルトです。現世では殆ど名前で呼び合うことがなくて、あなたは結婚してからも私のことを『カイザーリン』とお呼びになっていらっしゃいました」

だが、ヒルダの必死の訴えを、目の前のラインハルトは笑い飛ばした。

「ははは…これは、とんだ間違いだ。私の妻はこの100年ずっとここで一緒に暮らしている。残念ながら、私は現世での記憶が薄いタイプなので、家族のことしか覚えていない」

そう言うと、何時の間にかラインハルトの後ろに少し大きめの瀟洒な邸宅が現れ、中から見覚えのある赤毛の少女が現れた。

「あなた、どうなさったの?」

そう言って、当然のようにラインハルトに寄り添う女性は、間違いなくリセット世界でラインハルトの寵姫となったキル子だった。
しかも、リセット世界でヒルダが殺させた子供達まで連れている。

そんな…嘘よ…キル子なんて存在しなかったはずよ…!

ヒルダは、目眩を起こしかけて、よろめいた。

「大丈夫ですか?」

そう言って、彼女を後ろから支えたのは、長身の赤毛の若者だった。
現世でカストロプ動乱の時、一度だけ会ったことのあるキルヒアイスだった。
その傍らには、二十代のアンネローゼの姿があった。
4人はこの家でずっと暮らしているらしいが、誰もヒルダのことを覚えていなかった。

「どうやら、『お一人様』の迷子らしい。キルヒアイス、お気の毒なんで、誰か彼女と話ができる人間を探して連れて行って差し上げろ」
「はい。ラインハルト様。さ、フロイライン、ここは伴侶のいる人間の住む地区です。貴女の行くべきエリアを探しに参りましょう」

ラインハルト等3人の姿は、あの家に入ったのか、何時の間にか消えていた。
ヒルダは仕方なく、訳が分からないままキルヒアイスに手を引かれて歩き出した。
途中、何とか情報を得ようと彼に色々と質問してみた。
すると、一緒に暮らしている青年は、間違いなく現世でローエングラム王朝の初代皇帝だったラインハルトで、金髪の女性の方はここでは彼の妻となっているアンネローゼとのことだった。
ただし、ラインハルトの妻のキル子は、本来なら自分の妹として生まれ、現世でもラインハルトの妻となるよう大神オーディンによって定められた者だが、運悪く逆子になってしまった為、当時の帝国の極端な復古主義で退化した医療水準の所為で死産となってしまい、現世に生まれ出ることができなかったのだとういう。
このようなケースはままあり、そういう魂は、赤子のままヴァルハラに行き、魂の伴侶がやってくると、相手の年齢に相応しい姿になって、こちらで夫婦になるのだという。

「そんな…では、そのような場合、現世での配偶者はどうなってしまうのですか?」

ヒルダは、目の前が真っ暗になるのを感じながら、やっとの思いで訊いた。

「魂の伴侶が現世に生まれ出ることが叶わなかった人は、たいていは一生を独身で過ごすか、早世してしまうのです。しかし、稀に立場上どうしても結婚しなければならない場合や、子供を作らなければいけない事情などかある場合、今世だけの出産マシーン的な役割の仮妻とか、精子提供者的役割の仮夫が遣わされます」

ヒルダは再び打ちのめされた。
ラインハルトにとっての自分は、キル子のいない世界で、後継皇帝を残すだけの単なる子宮提供者に過ぎなかったのか?
確かに、彼との間に恋愛や夫婦愛が存在したという実感のないヒルダにとっては、認めざるを得ない悲しい現実だった。

「では、そうした仮妻は、ここではどうなってしまうのですか?」

「殆どが『お一人様』として扱われます。子供の魂以外は、ここでの生活の最小単位は、二人なので、一人の方はワンランク下の待遇になってしまうのですが…」

キルヒアイスは、少し言いにくそうに語尾を濁した。

そんな…私は、あれだけ一生懸命現世であの方の遺した帝国の為に働いたのに、ここでは妻として認められないなんて…ひどい…ひど過ぎるわ…!
なんの為に、あの方亡き後100年間も生きてきたのだろう。
全てはラインハルト陛下にヴァルハラで再びお会いして、あの方の遺した帝国を立派に引き継いだことを喜んで頂く為ではなかったのか?
それなのに、よりによって、こちらのあの方の妻は、あの憎いキル子だなんて…!

「大丈夫ですよ。『お一人様』は、何か決定的なものが欠落している人が殆どなんです。こちらで魂修行をすることで、それに気づいて、足りないものを身に付ければ、あなたも大神オーディンによって、魂の伴侶を充てがってもらえますよ」

明るく励ますキルヒアイスの言葉にも、ヒルダは希望を見い出せなかった。
自分の伴侶は、現世でもヴァルハラでも来世でもラインハルトしかいないと思っていた。それが叶わないと知ったら生きている意味がない。
いや、ここはもう死後の世界なので、その言い方は変か。
自分の魂自体を消滅させて全てを無に帰してしまいたい。
それが今のヒルダの唯一の願いだった。

「ここでは現世での自殺行為のようなことはできませんよ。魂の消滅も生成も全て大神オーディンがお決めになることです」

え?
と、ヒルダはキルヒアイスの澄んだ瞳を見た。

「私は、どうもここではランクが高い人間らしくて、大概の方の考えていることが分かってしまうんですよ」

「ここでは、皆何をして過ごしているのですか? 陛下…いえ、ラインハルト様は?」

「そうですね。人によって様々ですが、大概は、現世で未練を残してきたことをしています。働いている人もいれば、只管親に甘えている人もいます。ラインハルト様は、今、主に二つのことをなさっています。一つは、最期まで後悔していたヴェスターラントで亡くなった方達や、自分の個人的な感情で戦争をし、死なせてしまった多く戦死者の方々と会話ができるようになること、もう一つは…」

と言いかけてキルヒアイスは止めた。
ラインハルトは、こちらに来てからずっと現世で不可能だったキル子との『恋』をしている。
だが、今それを現世での仮妻であるヒルダに言うのは酷なことだと思い、言葉を切ったのだ。

ヴェスターラントの死者などたかが200万人ではないか。
あの方が受けた親友のキルヒアイス提督を失うということで、それは充分に罰を受けており、尚有り余る改革による成果によって、プラス要素の方が大きい。
また、自分は一応反対したが、第八次イゼルローン攻略戦にしろ、回廊の戦いにしろ、帝国全体の人口からするえば、大した戦死者数ではない。
それよりも、同盟側に対しても帝国民に対しても、ラインハルト帝が常勝無敗の軍神であることを知らしめた成果の方が大きい。
口には出していないが、これが、自分を慕う身近な人以外を全て数字で考えるヒルダの発想だった。

その感性が、あなたを『お一人様』にしているのですよ。

彼女の心の声が聴こえるキルヒアイスは、そう教えてやりたかったが、ここではそれはルール違反なので、ただ、悲しげに憐れみの籠った瞳で見つめるしかなかった。

まだ諦めきれないヒルダは、自分とラインハルトとが、何とか一緒にいられる方法はないのか?
どうしても無理なら、また仮妻でもいいので、再び現世で夫婦になることはできないのか?と訊ねた。
しかし、キル子の存在が既にあり、仮に彼女がいなかったとしても、元々ヒルダとラインハルトとは魂の形や質が、本来正反対で互いに補うべきところがそっくりで、逆に似ているのが望ましい部分が全く違うので、どう頑張っても彼とは結ばれることはないと言う。

「大丈夫ですよ。あなたは、以前の現世では、かなり大きな功績もあった方ですので、マイナス分を差し引いても、全体的にはプラス評価になっているはずです。そういう場合、大神オーディンのお慈悲で、あなたに相応しい魂の伴侶を決めて下さいます。きっとあなたにぴったりの伴侶を娶せて下さり、その人と一緒に魂修行に励んで結魂できれば、あなたも我々のエリアに住めますし、現生に転生しても魂の伴侶と結ばれることができて、幸せになれますよ」

キルヒアイスの屈託のない笑が、僅かにヒルダを救う。

本当かしら?
ラインハルト陛下以外に、私にもっと相応しい方などいらっしゃるのかしら?

ヒルダは、ラインハルトへの未練や執着とは別に、次第にオーディンによって決められる伴侶という存在に興味を持っていった。

その間、無重力地帯のような道を歩きながら、様々な人を見つけた。
亡きラインハルトの幕僚達や、亡くなった親族達、彼女を慕っていた使用人達まで楽しげに家族や配偶者と一緒に過ごしている。
現生で遂に独身を通したミュラーやビッテンフェルトも伴侶らしき女性と一緒だった。
どうやら彼等の妻になるべき運命だった女性達も、キル子同様何らかの事情で生まれ出ることができなかったのか、彼等と出会う前に早世してしまったらしい。
しかし、解せないのは、彼等の誰一人として、声をかけても全く応答がないことだった。
現生で皇后や皇太后だった彼女にしてみれば、無礼千万であるが、意識してやっているのではなく、本当に彼女の声が聞こえないらしいし、姿が見えていないようだ。
キルヒアイスによると、魂のランクによって、話をできる人の範囲も限られているし、見える人も限られているらしい。
ヒルダのランクは微妙な位置で、彼女自身はたくさんの人が見え、声も聴こえるが、相手が彼女の存在に気づき、会話が可能な者は限られているという。
現生で、常に帝国中からその姿が注目を浴びていたのとは、まるで正反対だった。

「母上!」

ふいに彼女を呼ぶ声がして、振り返る。
見れば、40歳くらいの姿の息子のアレクが、二十代に見える妻のフェリ娘と仲良く並んで立っていた。
ヒルダは、元気な最愛の息子の姿に感激すると同時に、やっと自分と会話が可能な見知った人物の出現に安堵した。
キルヒアイスは、「お身内が見つかったようですので、では、私はこれで」と言って、去っていった。
ラインハルトと自分との仲は絶望的だったが、こうして現世で彼との間に産んだ最愛の息子に再び会えたのは、何よりの喜びだった。
アレク夫妻は、今は少し前に妻がやってきたフェリックスと隣同士で住んでいるのだという。
ラインハルトとキルヒアイス同様、ヴァルハラでも彼等の親友関係は変わらないらしい。
すぐ近くでは、ロイエンタールとエルフリーデの住む帝国貴族風の邸があり、ミッターマイヤーとエヴァンゼリンの住む庶民的な住居と隣同士仲良くしているらしい。
アレクによると、フェリックスの養育を放棄したことがずっと心に引っ掛かっていたロイエンタールとエルフリーデは、フェリックスの妻がこちらへ来るまでの間、赤ん坊の姿のフェリックスを地上と同じだけの時間をかけて育児したのだという。
だが、ヒルダは、そんな話には興味がなかった。

「あなたが引き裂いた母子ですよ…」

アレクが、少し寂しそうな声で言う。
ヒルダには、意味が解らなかった。

「私が?なぜ私があの母子を引き裂いたことになるの?」

それが解らないから、あなたは我々とは一緒にいられないのです。
アレクは、キルヒアイスと同じ台詞を声に出さずに言うと、現生での生みの母に向けて、ただ、悲しそうな視線を返すだけだった。

「ああ、迷子の『お一人様』というのはこちらですね。さ、あなたのエリアは、こっちですよ」

何時の間にか、両脇にワルキューレが立ち、ヒルダを連れて行こうとする。
ヒルダは、「待って、まだ息子と話があるの」と言いたかったが、声を発する間もないスピードで身体が下降すると、一気に別エリアに着陸した。
ヒルダが下ろされたエリアは、以前いた場所よりも幾分暗く、寒い場所だったが、そこにも人は大勢いて、自由に歩き回って生活していた。
アレク達のエリアと違っているのは、カップルが殆ど見当たらず、殆どが単身者であることだった。
ワルキューレの一人が、ヒルダの前に進み出て、現生で並ぶ者無き高貴な女性だった彼女に向かって、居丈高に言い放つ。

「現世名・ヒルデガルト・フォン・ローエングラム、大神オーディンのお慈悲により、現世での功績多しと認め、そなたに最も相応しい伴侶を与える。有り難くお受けし、これからは、伴侶と共に修行に励み、転生後は夫婦となって、再びヴァルハラに戻りし折は、上のエリアに住めるように更に修行に励むよう命じる」

久々に他人に命令されたヒルダは戸惑ったが、ヴァルハラでは現世の身分はいっさい考慮されないことは、彼女も知識としては知っていたので、何も言わずに取り敢えず頷いた。
「では、そなたの伴侶に引き会わせる」

ワルキューレの言葉が終わると同時に、目の前に、ぼうっと男性らしい影が現れた。
スラリとした長身で、なかなか整った容貌の持ち主であることが判って少しほっとしたが、相手の男の顔がはっきりするに連れ、ヒルダの表情は、見る見る強ばった。

「これはこれは、カイザーリン。まさかあなたと娶せられるとは奇遇ですな」

い…いやっ…!

ヒルダは、嫌悪感を露にして後ずさった。
男は、年齢こそ30代半ばの姿をしているが、紛れも無くあのヨブ・トリューニヒトだった。

これは何かの間違いだ。
自分もラインハルト帝も、最も軽蔑していたはずの男と、なんでよりによって大神オーディンによって伴侶に定められなければならないのか?

「まあ、そう嫌わないで下さいよ。現世では互いに同盟と帝国のエゴイズムの怪物同士。我々は似た者同士として仲良くやっていきましょう」

トリューニヒトの独特の抑揚のある演説口調が、ヒルダには耳障りだった。
第一、こんな男と自分を一緒にしないで欲しい。

「あなたはともかく、私までがエゴイズムの怪物呼ばわりされる覚えはないわ。これは何かの手違いよ」

「おや、あなたは現世の功績では大幅に私を上回っておられるので、私もよもやあなたと伴侶になれるとは思ってもみませんでしたが、ご自分自身の肝心なことをお解りでないところを見ると、その分で同レベルと見倣されたようですな。少なくとも私は、自分がエゴイストである自覚がありますから」

「私は誰よりも他者に対して優しく接し、ラインハルト陛下を支えてきました。エゴイスト呼ばわりは私に対する侮辱です」

「ほお…あなたの優しさや理性は、帝国国民の為ではなく、全てラインハルト・フォン・ローエングラムという絶世の美青年の気を惹く為の点数稼ぎだったのではないですか?そういうのを、エゴというのですよ」

核心を突かれたヒルダは、返す言葉がなかった。
だが、いくら大神オーディンの思し召しとはいえ、この男とだけはイヤだった。

「大神オーディン!お願いします。この男とだけは結魂などできません。こんな男と一緒になるくらいなら、私は永久に一人で結構です。どうか願いをお聞き届け下さいっ!」

その時、稲妻が光り、一筋の光りが降りてきた。
ヒルダの悲痛な叫びは、遥か天上のオーディンに届いたようだ。
光りの中から、重厚で厳かな声がはっきりと聴こえる。

「わかった。ヒルデガルトよ。本来なら一度決めた伴侶を拒否することはできぬ決まりだが、そなたが、そこまでの覚悟なら願いを聞き入れよう。ただし、約束通り、今後そなたは永久に一人だ。周囲に他の人々はいるが、彼等にはそなたの姿も見えなければ声も聴こえない。そなたにも、他の人々の気配は感じても、はっきりと姿が見えないし声も聴こえない。永劫の孤独を味わうのだ!」

大神オーディンの言葉が終わると同時に、光りは闇に変わり、ヒルダの周囲から全てが消えた。
あのトリューニヒトの姿も他の魂も消え、底冷えの空気だけが、荒涼とした空間に残っただけの世界に、ヒルダはたった一人で取り残された。

ヒルダは、呆然として言葉が出ない。
なぜ、善行を積んでヴァルハラに来た自分が、このような目に遭わねばならないのか?

「この無の世界で、永遠の時間を過ごすのだ。それがそなたの選んだことだ」

大神オーディンの重厚な声が、冷たく響いた後は、いっさいの音声が消えた。

「待って…!待って下さい、大神オーディン!お願いです!」

しかし、ヒルダの叫びはもう誰にも届かず、ただ無限の静寂の中に、再び一人取り残されていた。



あーあ、だから再リセットなんてせずに、現世でリセットしたまま長い贖罪の日々を送ればよかったのにさ。
リセット世界は、確かに彼女にとっては悲惨だったけど、全体的として見れば、余計な戦争をしなかった分、圧倒的に死人が少ないし、生き残って幸せになった人の方が多かったからね。
でも、ヒルダたんは、結局、大多数の国民の幸福よりも、ラインハルト陛下の寿命よりも「自分」が大事だったようだね。
ラインハルトくんの伴侶になるのは無理だけど、あのままリセットせずに終身刑のままヴァルハラに行って、少しだけ魂修行をすれば、あと30年もしたらまたスペックの高い女性に生まれ変わって、ラインハルトくんの子孫の4代目皇帝と結婚する予定だったんだけどなぁ。
そうしたら、今度こそ魂レベル上がって、ちゃんとしたカップルで幸せになれたのにさ。
「時の番人」の言葉も既にヒルダには全く聴こえなかった。

「さらば、寂寞の皇后よ!」

「時の番人」が、最後に放った言葉も、ヒルダには気配すら感じることができなかった。

-完-

コメント一覧

べる (08/23 20:54) 編集・削除

これは手厳しい!!
ヒルダたんは無限の孤独地獄ですかっ。
(いやまあ、こういう人物って実際にいますけど。
         しかしもっとレベルの低い人格で)

じゃあ、私はどうすれば良かったの?
っていうヒルダたんの悲鳴が聞こえてきそうな……。

ううむ。
実際に修道女になっちまった方々とかつて交流があったので、
ヒルダたんが
まるで神に仕えるかのようにラインハルトに仕えちゃった…
っていう姿を想像していた私には、これは衝撃だわ。

でも、とても面白かったです。
本当に読み応えがあって、この世界を満喫致しました。
(懐かしいwヴァルハラ設定も着いてきたしv)

ゆうやん (08/23 22:31) 編集・削除

これは・・・想像以上に厳しかったですね。
時の番人のいうことももっともだけど、まさか嫉妬に任せて荒れ狂ったリセット世界よりも一応賢夫人として穏やかに生ききった再リセット世界の方がこの結末とは、と思いました。


ヒルダのお話なのでラインハルトは脇役なのですが、それにしても「あんた、あれだけ好き放題やってきてヴァルハラではキルPに姉上、キル子とそれは恵まれすぎじゃない。」とか突っ込んでみたりw

これを読み始めてから時々ヒルダの周りをラインハルトが幽霊として見守ったらどうなるかなぁと考えてしまいますw変則ライヒルに片足突っ込む感じでしょうか。

とても読み応えあって面白かったです。あらすじでこれなら小説になるとどうなるのかしら?

Jeri (08/23 23:48) 編集・削除

>べるさん
これから記事にしますが、最大限に手厳しくしたのには、理由があるんです。

>じゃあ、私はどうすれば良かったの?
全ては、彼女が無自覚に人の命を数字で考えていて、ラインハルトに対しては、それができる立場に居ながら、結局自分の保身を優先して「身体を張って諌める」(特に回廊の戦い)ことをせずに、点数稼ぎに終始してしまったことにあります。
125年の寿命の中で、どこかでそれに気付いくれればよかったのですが、結局死んでも気づかなかったので、ラインハルトにも忘れられ、アレクにも「それが解らないからあなたは一人なんですよ」と言われてしまいます。
ですが、確かに現世の功績で、ヒルダはヴァルハラでもやり直すチャンスを与えられます。
それが、同じエゴイズムの怪物同士のヨブさんとカップルになって、二人で足りない部分を補いあって精進することだったのですが、ラインハルト以外目に入らないヒルダはこれも拒否。
こうなると、もうオーディンも「一生一人でいろ」っとなってしまうわけです。
キル子が死産していたのも悲劇でした。
もし、キルヒアイスの妹として、彼女が生まれていれば、アンネローゼと4人の誰も入っていけない四角形を築いたことでしょう。
ヒルダがリップシュタット前に面会した時点では、ラインハルトとキル子は既に恋人同士か結婚していて、ヒルダもそれ以上の感情には発展せず、彼女は生涯をそれこそ修道女のように皇帝に秘書官として仕えて人生を終えたと思います。
その間にマリーンドルフ女伯として、相応の男を婿養子に迎えて、そこそこ幸せな人生を送ったかもしれません。
彼女の最大の罪は、ヴェスターラントの件で落ち込む精神的に未熟なラインハルトを、「数の論理」で慰めてしまい、彼に自分の罪を一生背負うだけの覚悟を持たせられず、君主として未熟な男にしてしまった点だと思います。


>ゆうやんさん
ラインハルトが現世でたくさんの命を無駄に奪うことを重ねながら、4人で幸せな最大の理由は、彼が自分の罪に気付いたことにあります。
だから、キルヒアイスの言うように、現世であれだけの覇業をなしながら、あまり記憶がないことで、彼なりにペナルティを課せられています。
でも、自分が悪いことをした自覚は持てたので、一生懸命ヴェスターラントの死者その他との会話が可能になるよう頑張っているわけです。
キルヒアイスや、何といっても本来のパートナーであるキル子の存在が大きいと思います。やはり、我が身を顧みず換言してくれる存在って必要なのですね。
ヒルダは、最後まで「私の何が悪いの?」で自分の狡さに気付かなかったのが致命的でした。

ごん (08/24 00:01) 編集・削除

 完結お疲れ様です。
 ヴァルハラのオチが……orz。

 個人的にはどっちが良かったともいえない歴史という気がします。
 確かに死者の数はキル子ちゃん存在ルートの方が少ないですけど、内戦ですからねえ……。内戦って、結構後の世代へのトラウマが継がれる気がします。スペインとかユーゴとか。

 原作その後ルートではアレク&その子孫が存在する分、マクシミリアン&その子孫が存在しない、キル子ちゃんルートではその逆……と考えると難しいものがあります。
 時の番人のような超越的な存在ならともかく、人の身には甲乙付けがたいものがありますね。

余談。
 アレクよもや赤子の…げふんげふんというネタですが、さすがにそれはなかったですね。失礼しました。
 私も読んだことはないのですが、日本の古典に、帝か誰かが、その娘がお腹の中にいるうちから「わがもの」といい、成長をまってその言葉を実行するという話があるらしいです。私が読んだのは小説の中の引用だったので、その作者の創作の可能性がありますが。ついそれを連想してしまってました。(やれやれ)
では。

非公開 (08/24 00:08) 編集・削除

管理者にのみ公開されます。

葉子 (08/24 01:21) 編集・削除

祝!完結(お疲れ様でした☆)

毎回、予想の斜め45度以上上を行く展開に「次はどう来る!?」とドキドキしながら読んで来ました。
…まさかのラストに口があんぐりwww

神様は全部お見通し、って奴でしょうか。
再リセットしてもこの結末…なのは、やはりヒルダたんの「ケチ(エゴ)のつき始め」が、前にコメントでやりとりさせていただいた原作7巻の『女を下げたあの一言』なのかなと、自分は思いました。だって、この話の世界だと、ヒルダが沈むごとにロイエンタール(一族w)が上がっていくんですもの。
人を呪わば穴二つ…。

>>赤ん坊の姿のフェリックスを地上と同じだけの時間をかけて育児したのだという。
お嬢さま育ちだけどエルフリーデたんの母性愛はおそらく銀河最強(原作比)。
せめてあの世では親子水入らずで過ごしてほしい。遊びつかれた息子をお父さんが背負い、お母さんは息子のリュックを片手に持ち、もう片方の手はお父さんとつないでるとか(><)。どりい夢ですな。
-------------------------------------------
SCC関西18(インテ)レポ:
銀英サークルは14くらいあったと思います。6号館の3階という一番奥地でしたが、それなりににぎわっていました。これから宝塚wwwなので、今年の秋冬はヅカ銀本が豊作だといいなあ、と思いました。

※『寂寞の皇后』制作秘話も楽しみにしています。

葵猫 (08/24 23:50) 編集・削除

う〜ん、このヒルダ、女性としてというより、人間としてどうよ、という感じですね。
メルカッツ提督がブラ公を貴族社会が長く続くなかで生まれた病人と評しましたが、まさしくそれですね。
あ、一つ突っ込み系の質問を。
このヴァルハラではオベ様の魂の伴侶はどうなっているのでしょうか?
彼はヒルダほど決定的に何かが欠けてはいないと思いますが。

Jeri (08/25 02:01) 編集・削除

>ごんさん
>どっちが良かったともいえない
マンガの「リセット」のエピソードも、殆どがそんな感じで終わってます。
或いは、再リセットして結局同じ道を歩むか、リセット前より悲惨になるかです。

>日本の古典に、帝か誰かが、その娘がお腹の中にいるうちから「わがもの」といい
私が知っているよく似た話では、三国志の曹操が、まだ幼児か乳児の誰からの二人の娘を「○○の娘達は美人になる」と言って、その時は周囲も冗談半分に受け止めていたのが、後年、成長したその娘たちを本当に自分の側室したという話です。
日本の古典は、中国のものが原典でアレンジしたものが多いとききますから、もしかしたらこれも三国志からのパクリかも。

>非公開コメのあらすじ
ぜひぜひ作品にして下さい。
お願いします。

>葉子さん
>ヒルダが沈むごとにロイエンタール(一族w)が上がっていく
恐らく作者にはそんなつもりはなかったのでしょうが、結果的にロイエンタールとヒルダは天敵のようになってしまってますよね。
>どりい夢
ロイエルにピンと来ない方々にとっては、「どーしてあの二人からそういう妄想が産まれる?」と言われそうですね。

>ヅカ銀本
出して下さる方、いらっしゃるんでしょうか?
あったらぜひ、久々にコミケに行きたいです。

>葵猫さん
>女性としてというより、人間としてどうよ
ヒルダがラインハルトを慰めた「罪があったとしても既に報いを受けている」と「罪があり、報いがあって、最後に成果が残ったのです」は、どう言葉を解釈しても死んでしまったその他大勢の人々の命を軽視した台詞ですよね。
よしりんにはそんなつもりはなかったんでしょうけど。
だからこの「寂寞の皇后」は「ヒルダの台詞を普通に解釈すると彼女はこういう女だったことになってしまうと」という私からよしりんへの届かぬメッセージでもあるのです。

あ、オベ様の伴侶ですか?
オベ様は、この作品世界のオーディン(笑)である私の裁定で、キルヒアイスと並ぶ魂レベルの高い人ということになってます。
伴侶はもちろん、い…(以下省略w)

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リセット-寂寞の皇后-(16)

こちらの世界でもまたたく間に歳月は流れていく。
ヒルダは、精力的に政務をこなし、ラインハルトの後継路線を確実に継承すると共に、立憲体制への移行準備も着々と進めていった。
息子のアレクは、リセット世界程凡庸ではなかったが、かといって天才とか英雄といった器でもなく、繊細な感性をもった芸術家肌の少年に育っていった。
時々ヒルダでもはっとするような鋭いことをさらりを言って、母親を驚かせることはあったが、この子にはやはり宇宙の支配者は荷が重すぎるという判断は変わらなかった。
何より救われたのは、彼が父親似の美少年であることで、思春期を迎える頃には、早くもお后候補の話題が上がる程だった。
リセット世界で叛旗を翻した国家の元勲達も、元の世界のこちらでは、七元帥をはじめとする軍首脳も文官達も、ラインハルトの実質的後継者であるヒルダに対して絶対の忠誠心を以って仕えてくれており、内乱や分裂の兆しは全くない。
やはりこの選択は正しかったのだと、ヒルダはあらためて思った。

新帝国歴18年4月、リセット世界ではラインハルト帝が崩御したこの年、長く皇宮でアレクを母親代わりに養育していたグリューネワルト大公妃アンネローゼが、弟と同じ病で薨去した。
享年45歳。
平均寿命の長いフェザーンでも、そろそろ中年にさしかかる年齢だったが、まだ充分に若く、その美しさは最後まで衰えるがことなく、多くの国民の涙を誘った。
特に、アレク帝の嘆きようは尋常ではなく、丸二日間伯母の棺を安置する部屋から出ようとしなかった。
彼はよく周囲の者達に、自分は父の記憶がないので、摂取皇太后である母が父親のような存在で、伯母の大公妃こそが自分にとっての母親なのだと漏らしていたという。
当人が生前から、国葬ではなく身内と親しい人達だけでの簡素な葬儀を希望していたので、アレクもヒルダもその意向を汲んで、「皇室葬」という形をとった。
ヒルダは、義姉を亡くした悲しみは当然あったものの、それ以上にどこかほっとしている自分がいることにも気づいていた。
自分は、リセット世界でも、この世界でも、結局最後までラインハルトにとってこの女性を越える存在に成り得なかった。
そのことは最初から仕方ないと思っている。
しかし、リセット世界でのアンネローゼが、ラインハルト同様に、やはり自分よりもキル子の方に心を許していたことに、どうしてもこだわってしまうのだ。
あの世界は幻であり、キル子という女性自体が存在しないのだと頭ではわかっていても、なぜかヒルダには完全に割り切れないものがある。
だから、アレクのようにただ純粋にその死を悲しむよりも、心のどこかで開放感を感じてしまうのだった。
憔悴しきった少年皇帝に寄り添うのは、実の母である皇太后ではなく、亡き父によって「対等の友人」と定められた親友のフェリックス・ミッターマイヤーだった。
ヒルダとアレクは、アンネローゼをキルヒアイスとラインハルトの眠る墓の間に埋葬するために、再びオーディンを訪れる。
今回は、フェリックスも同行し、幼い頃から何度か訪れていた自らが現当主であるというロイエンタール邸に滞在することになっていた。
フェリックスは、士官学校を卒業し、成人した後は、ロイエンタールの姓を正式に名乗るつもりだという。長く仕える使用人達や、名義上オーナーとなっている企業からの強い希望もあったのだろうが、彼の後から生まれたミッターマイヤー夫妻の実の子である弟達に気遣ったのだろうとアレクは思っていた。
結婚後、8年以上も子供に恵まれず、フェリックスを養子としたミッターマイヤー夫妻だったが、戦争のない平和な時代が訪れた途端に、3人の実子が生まれた。
フェリックスより2歳年下になる女児を頭に、下に男児二人という3人の姉弟の実のきょうだいである。
夫妻は、フェリックスを長男として分け隔てなく育てたが、それでも一家全員が揃うと、一人だけ容姿が異なるのは子供心にも一目瞭然で、彼は比較的早い時期に、両親の実子でないことを告げられて成長した。
しかし、ミッターマイヤー夫妻やフェザーンの邸に同居することになった祖父母の深い愛情によって、フェリックスは自分の出生に対して、蟠りを持つことなく素直な良い少年に成長した。
同じく実父との思い出のない親友であり、皇帝でもあるアレクとは、そういった悩みが打ち明け合える唯一の存在で、二人の間には、ラインハルトとキルヒアイスや双璧の二人に匹敵する誰も立ち入れない友誼が存在していた。

オーディンでアンネローゼの埋葬を済ませたヒルダは、これを機に、3つの墓の周囲を整備し、本格的な御陵とする考えを打ち出した。
ラインハルトの死があまりにも突然だった為と、本人の価値観もあり、壮麗な墓の造営は行わなかったが、やはり新銀河帝国の初代皇帝の墓としてはあまりにも貧弱過ぎた。
単に皇帝の権威付けの問題ではなく、中には面白半分の墓荒しもいるので、セキュリティの強化が最大の目的だった。
逆に純粋にラインハルト帝や大公妃やキルヒアイスを偲んで墓に詣でたい者も多くいるので、そのような一般人達に広く開放する為にも、周辺の整備は必要と思われた。
そして、ヒルダは、同じくオーディン生まれの自分も、死後はこちらに葬られることを希望するので、ラインハルトの墓の隣に、将来自分の為のスペースも確保した設計にすることを提案した。
しかし、これに対して、意外にもアレクが、異を唱えた。
現在の3つの墓の周囲を整備して初代皇帝の御陵らしくするのは賛成だが、今後フェザーンでの生活の方が長くなるヒルダには、フェザーン生まれの自分の陵墓の近くに、初代皇后であり、摂政皇太后であったヒルダに相応しい壮大な御陵を建設するつもりなので、そちらに葬ることを主張した。
「せっかく3人水入らずなのに、後から部外者が入っていっても居心地よくないと思いますよ」
最後にぼそりと言った言葉が、ヒルダの胸に突き刺さった。
この子は、時々、信じられないような鋭いことを、いともあっさり言って、ヒルダを仰天させることがある。
特に「部外者」の一言が心を抉った。
アレクは、感性の鋭い少年である。多分、皇帝として、資料で先帝の偉業を辿ると同時に、周囲の人々から父母の結婚の経緯や、生前の二人の様子などを聞いて、両親の関係を彼なりに推測した結果出た言葉だったのだろう。
ヒルダは、リセット世界でラインハルトと合葬されたキル子や、ロイエンタールの廟にまで居候するように遺骨が納められているエルフリーデへの対抗心もあったが、ここで無理に先帝と並んで葬られることに執着するのも、女として惨めな気もしたので、この件はアレクの意向に従うことにした。

更に時は流れ、新帝国歴23年5月14日、カイザー・アレクは、20歳の誕生日を迎えると共に、親政を開始し、ヒルダは摂政としての役目を終えた。
2年前に初の帝国議会が開かれたのを機に、皇帝は事実上独裁権を放棄し、立憲君主となっていたので、彼一人で全ての国の舵取りを行う負担も権限もない。
ただし、議会と言っても、皇帝から任命される勅選議員500名と、一定以上の教育を受けた国民による選挙で選ばれた各星系の代表者500名からなる計1000人もの大議会を束ねる役目を担っており、未だ皇帝の権威と権力は強大だった。
250億という人口を考えれば、この議員数でも極度に少ないと言える。
ヒルダはこれを、段階的に勅選議員の割合を減らし、最終的には数十年をかけて9割を国民による選挙で選ばれた議員で構成するつもりでいた。
また、選挙権と非選挙権も現在は限られた人々しか有しないのを少しずつ緩和し、最終的には自分の存命中に、一定以上の年齢に達した帝国民全員に与えられるようにするつもりだった。
1割の勅選議員を残すのは、皇帝の権威の維持もあったが、全てを国民の選挙結果に委ねることで、自由惑星同盟的な衆愚政治化を防ぐ目的があった。
憲法を制定し、国の重要事項は、議員全員又は95%以上の賛成が必要とすることで、勅選議員の存在感を示すつもりある。
故に、ローエングラム王朝の皇帝は、天才ではなくてもいいが、無能では務まらない。
ヒルダは、アレクの成長を傍で見ていて、こうする事が、アレク本人の能力に見合っていることであり、国民にとっても最もいいことだと判断した。
ヒルダ本来の政治センスが光る賢明な選択だと言えよう。
『これで、ヴァルハラのラインハルト陛下も、喜んで下さるだろう。私があちらへいったら、きっと、ありがとうと言って抱きしめて迎えて下さることでしょう』
この世界での彼女の行動や思考の全ての指針は、亡きラインハルトにある。
それが、あの忌まわしいリセット世界で醜い自分を垣間見たヒルダが自戒を込めて課した生き方だった。
公私ともに順調に見えたこの世界のヒルダだったが、たった一つ悩みがあるとすれば、息子のアレクが、異性に対しても父親似で、20歳になるというのに、一向に女性に興味を示さないことだった。
ラインハルトと自分の血を引く唯一の存在であるアレクには、できるだけ早く結婚して子供を儲けて欲しかった。
それは、ヒルダ個人の願望だけではなく、立憲君主とはいえ、皇帝たる者の務めでもあった。
1歳年上の親友のフェリックスは対照的に、昨年士官学校を卒業すると同時に義妹であるミッターマイヤーの娘と結婚し、ロイエンタール姓を名乗ることとなった。
ミッターマイヤーは、我が子として育てたフェリックスと実の娘が結婚し、ロイエンタールの名を継いだことに満足している様子だ。
フェリックスは、妻となる女性に、エルフリーデの遺品であるロイエンタール家の紋章が彫られたあの指輪を贈った。
二人の間には、翌年長女が誕生し、その後も一男一女に恵まれ、思いがけず早くにかわいい孫を得たミッターマイヤーとエヴァンゼリン夫妻を喜ばせた。
ヒルダは、国家の元勲であるミッターマイヤーの孫達の誕生を、表面上は祝い、その度に皇室から記念の品を下賜したが、内心では焦っていた。
ミッターマイヤー家の子として育ったフェリックス自身には、何ら含むところはないが、自分とラインハルトの唯一の血筋であるアレクは、子供どころか結婚すらする気配がないというのに、ロイエンタールとリヒテンラーデ一族という二重の反逆者の血脈は、こうして増殖し続けているのだ。
ヒルダは、何とかアレクに女性に興味を持ってもらおうと、年配の女官の提案で一度女を知ればと思い、21歳の時、口の硬いプロの女を充てがって、筆下ろしをさせた。
その甲斐あって、それ以降は、何人が寝所に女を連れ込んだり、変装してお忍びで娼館に出入りしたりするようになったようだが、結婚する気配は一向にない。
「いいじゃないですか。別に僕の子供が絶対に次の皇帝にならなければいけないことはないでしょ?亡き父上は、ゴールデンバウム王朝の世襲に否定的だったそうじゃありませんか。だったら、次期皇帝は血筋にこだわる必要もないでしょう」
あっさり言う息子に、ヒルダは苛立った。
それでは自分とラインハルトを繋ぐものがこの世からなくなってしまう。
それをこの子は、全く理解していない。
ヒルダは、アレクと年齢のつり合う妙齢の令嬢達を招いてパーティを開いたり、個別に引き合わせたりまでしてみたが、偶に気に入られた娘がいても、いずれも短い期間の付き合いで終わってしまい、婚約や結婚まで至らない。
ならばこの際、既成事実を作ってしまえばと思い、誰か皇帝の子を妊娠すれば、その女が皇后に相応しくなかったとしても、庶子でもいいからアレクの血筋が残ればいいと考えるようになった。
「僕はそんなヘマはしませんよ。避妊は厳重にしておりますのでご心配には及びません。子供が出来てしまったことが原因で、大して好きでもない相手と結婚する羽目にでもなったら人生つまらないじゃないですか」
そう言って笑う息子の言葉が、またしてもヒルダの心臓を突き刺した。
『この子は、私とラインハルト陛下の馴れ初めを知っているのだわ』
こうして、アレク帝の二十代はまたたく間に過ぎ、三十代も半ばを過ぎる頃には、ヒルダが結婚相手として想定していた女性達は、次々と適齢期を迎えて、別の相手と結婚していった。
ヒルダは、アレクの結婚相手には、マリーンドルフ一族の娘か、ロイエンタールやミッターマイヤーと無関係な建国の功臣の娘を考えていた。
ケスラーとマリーカの間に生まれた娘や、ヴェストパーレ男爵夫人がメックリンガーとの間に儲けた娘が一時お后の最有力候補だったが、結局アレク自身が彼女達に興味を示さなかった為、話が進むことはなかった。
そんなアレクサンデル・ジークフリード皇帝が、39歳の時、突然宮中晩餐会の席で、廷臣達を前に結婚すると言い出した。
何も知らされていなかったヒルダにとって寝耳に水だった。
しかも、相手はなんと、22歳年下のまだ17歳のフェリックスの長女だという。
一同は驚いたものの、何時までも結婚しない皇帝を心配していただけに、一瞬の沈黙の後には、歓喜と祝福の嵐となった。
あのロイエンタールとエルフリーデの孫娘が皇后になる。
そして、やがて彼女が産んだ子がローエングラム王朝の第三代皇帝となるのだ。
ヒルダには、到底受け入れ難いことだった。
フェリックスの娘は、淡い金髪に大きな青い目を持つ大変な美少女で、ヒルダの記憶にあるエルフリーデの面影を色濃く残していた。ロイエンタールの血を引いているせいか、年齢に不似合いな独特の色気があり、アレクはすっかり彼女にのぼせ上がっているようだ。
晩餐会終了後、人払いをして息子と二人だけになったヒルダは、結婚を考え直すようアレクを説得する。
尤もらしい理由はいくつかあった。
第一に、彼女が若過ぎることである。立憲体制になったとはいえ、皇后の役割は重要で、何よりも皇帝を支えていけるだけの器量や識見がなければ務まらない。まだ子供の彼女には無理だと主張した。
第二に、フェリックスの娘である彼女は、ロイエンタールとリヒテンラーデ一族というローエングラム王朝にとって反逆者の血を二重に持っている存在である。
しかし、摂政時代から重要事項に関しては、基本的にヒルダには逆らわなかったアレクが、この件に関しては全く聞く耳を持たなかった。
「あなたには、皇帝として帝国の為に相応しい皇后を立てる義務があります」
というヒルダに対して、
「母上、私は役に立つ女性ではなく、愛する女性と結婚したいのです」
とどめのような一言に、ヒルダは今度こそ何も言えなくなってしまった。
まるで、ラインハルトが自分と結婚したのは、愛しているからではなく、役に立つ女だからだと言われたような気がした。
それは、結婚当初から常にヒルダの頭を離れずにあったことでもあった。
しかし、それでもいいからあの絶世の美青年の妻になりたかった。
だから、愛情よりも責任感と、后としての役割をこなせる人間であることで求婚されたことを感じながらも、そのことには目を瞑ってきたのである。
だが、息子からそれを指摘されたことは、流石のヒルダも堪えた。
その夜、自室に戻ったヒルダは、寝台で一晩中泣き明かした。
思えば、アレクは生後2ヵ月でラインハルトが亡くなって以来、誰よりも近い血族でありながら、自分のものではなかった。
幼少期の彼は、ずっと実質的な母親だったアンネローゼのものであり、彼女が亡くなってからは、常に彼の心に一番近かったのは、親友のフェリックスだった。
そして、今度はそのフェリックスの娘がアレクを独占するのだ。
何としてもこの結婚を阻止したいヒルダだったが、彼女に賛同する者は誰一人としていなかった。
長年妹同然で、彼女の仲立ちでケスラーと結婚したマリーカでさえ、自分達も22歳の年の差だと言って、40近いアレクがやっと自分から結婚する気になったことを喜んでいる。
遂には、ミッターマイヤー夫妻が参内し、孫娘の至らなさは重々承知の上ですが、何卒当人達の気持ちを汲んで、結婚後は皇后としてやっていけるよう皇太后陛下よりご指導賜りますようお願いしますと平伏した。
ラインハルトの僚友でもある他の六元帥達も揃って結婚を認めて頂きますようにと、言上しにやって来た。
内閣も世継ぎのことを考えれば若い皇后を迎えることに賛成の意向で、世論も皇帝自身が望んだ相手ということで好意的だった。
こうなると、ヒルダ一人が悪者のような状況になってしまい、遂に彼女も認めざるを得なくなる。
翌月にはアレクとフェリ娘(仮名w)は正式に婚約し、半年後に盛大なロイヤル・ウエディングを執り行うことが閣議で決まった。
しかし、婚約中にまたしてもヒルダの神経を逆撫でする事件が起こる。
皇后となる予定のフェリ娘は、父の実父であるロイエンタール元帥と、祖母であるエルフリーデの一族の名誉を回復して欲しいと皇帝にねだったのだ。
若い恋人に骨抜きにされてしまっているアレクは、即座に願いを聞き入れ、通称ロイエンタール元帥の叛逆として知られている第二次ランテマリオ会戦の公式記録を書き換えさせ、元帥は皇帝に叛逆したのではなく、ラングや地球教徒の陰謀により挙兵させられたのだとした。
更に、当時のローエングラム侯暗殺未遂の共犯として処刑され、罪人墓地に無造作に葬られていたエルフリーデの父と兄弟と、流刑地で亡くなった母親の墓を掘り起こし、皇后の直系祖先として、丁重に埋葬し直すこととなった。
また、同じく主犯として自裁させられたリヒテンラーデ公の功績の見直しも行われ、旧王朝末期を懸命に支えた気骨ある政治家として公正な評価が与えられることとなった。
ヒルダはラインハルトの裁断を否定するようなアレクのこの処置を、断固として反対したが、既に中年の年齢になろうとしている皇帝が、そうそう母親の言いなりにはならなかった。
「資料を見る限りでは、リヒテンラーデ公は、人格的なことはともかくとして、少なくとも政治家としての能力は、マリーンドルフのお祖父様など足元にも及ばない大物だと思いますよ。無能なくせに出しゃばろうとする外戚達も上手く抑えていたみたいですしね。それに、何といってもあの滅茶苦茶な末期のゴールデンバウム王朝が、何とか国体を保っていられたんですから、そろそろその手腕を正統に評価してあげてもいいんじゃないですか?」
ヒルダは、目を剥いた。
そして、今までラインハルトと自分の息子としては凡庸な子だと思っていたアレクが、優れた洞察力の持ち主であったことを、こんな形で知ることになるという皮肉に眩暈がしそうになった。
こうして、新帝国歴43年5月、不惑の歳を迎えたアレク帝と18歳になったばかりのフェリ娘の成婚式が盛大に行われた。
ラインハルトは、質素清貧であることが名君の証のように考えていた人物だった為、自身の結婚式も皇帝のものとしては考えられないくらい簡素なものだったが、アレク帝の場合は、平和な時代背景もあり、経済効果という側面を考慮して、皇帝の結婚に相応しい規模で行なうこととなった。
ダイヤやパールをふんだんに散りばめた純白のウエディングドレスに、長いヴェールと豪華なティアラを付けた美しい皇后の姿に、帝国中が熱狂した。
何百発もの祝砲が鳴り響く中、パレードが行われ沿道に人々が溢れた。
宮殿のバルコニーに二人が立ってキスをすると、国民の歓喜は頂点に達し、歓声が地鳴りのように響いた。
この様子は、帝国全土ばかりではなく、同盟領にも生中継され、全宇宙規模の祭典となった。
ヒルダは、自分とラインハルトの方針が悉く否定されたようで、内心面白くなかったが、記念品の売上や放映権料などの経済効果は、当初の予想を遥かに上回り、最近停滞ぎみだった帝国内の経済が一時的にでも活気づいたので、悪い顔もできなかった。
更に、アレクが冗談半分でフェリックスを「義父上」と呼んで周囲の笑いをとったこともヒルダのストレスを増大させた。
式が終わると、皇帝夫妻は、先帝の墓に報告するという名目で、新婚旅行を兼ねてオーディンへ行幸した。
アレクは、全く記憶にない父親の墓参りは形式的なものだけで早々に切り上げると、隣のアンネローゼの墓にはその10倍もの時間を割いて妻となったフェリ娘と二人でしきりに何かを語りかけていた。
次いで、隣のキルヒアイスの墓にも花を手向けると、次にロイエンタールの廟に向かった。
そして、最後にこの日の為に新たに埋葬し直されたエルフリーデの親族の墓に詣でると、オーディン市民からも熱狂的な歓迎を受けながら、宿舎とした新無憂宮に入った。

ヒルダは、内心で歯噛みしながらも、この一連の騒ぎをただ見守るしかなかった。
若く美しい皇后は、国民から絶大な人気で、抜群のプロポーションとファッションセンスで、帝国のファッションリーダーとなっていた。
類い稀な美貌でありあがら、常に男装に近い格好をしていたヒルダでは不可能だったことに、各業界からの支持も大きく、何時の間にかその存在感は、既に60代の皇太后を凌いでいた。
得意げに最新ファッションを着こなす若い嫁の姿に、ヒルダはリセット世界で見たエルフリーデを連想せずにはいられなかった。
しかし、ヒルダにとって悪いことばかりではなかった。
フェリ娘は、成婚したその年の内に、アレクの第一子である第一皇子を出産し、皇后としての最大の役目を果たした。
ヒルダとラインハルトの血脈がこれで次世代へ繋がったことになる。
王朝の偉大な開祖ラインハルト大帝の名をとって、ラインハルトと名付けられたその男児は、祖父と同じ黄金色の髪に蒼氷色の瞳をした美しい赤子だった。
若い皇后は、意外にも祖母のような年齢の姑に忠実で、ヒルダの忠告を良くきき、何か注意すれば次の機会にはすぐに改める賢さと柔軟性を持っていた。
もう一人の祖母であるエヴァンゼリンと、その娘である母親の影響もあり、気位いの高さが滲み出ていたエルフリーデと違い、気さくで庶民的な面も持っていて、老若男女問わず国民に人気があった。
アレクとは相変わらず人目も憚らない仲の良さで、結婚10年が経ってみれば、ヒルダの孫は男女合わせて7人にもなっていた。
既に70代に入ったヒルダも、もう若い嫁に対しての蟠りは捨てた。
摂政の役割を降りても、皇宮で政治的発言権を維持していたが、70歳の誕生日を機に郊外に建てた小さな離宮に移って余世を過ごすことにした。
嫁が気を利かせているのか、孫たちが代わる代わる訪ねてくれて、ヒルダによく懐いてくれた。
自分と同じ「ヒルデガルド」と名付けられた第二皇女を膝に抱きながら、ヒルダは結局、こうなってよかったのだと思うようになっていた。
しかし、平穏な隠居生活を送るヒルダに、又しても凶報が届く。
50歳を過ぎて、頻繁に発熱するようになったアレクが、父親と同じ変異性激症型膠原病と診断されたのである。

コメント一覧

べる (08/19 11:34) 編集・削除

やだもう、凄い面白いんですけど!
ブラボーすぎますわ!
終わらないで下さい!!

Jeri (08/19 12:05) 編集・削除

>べるさん
もしかして、いつか書いてみたかった「アレクの毒舌三連発」が気に入ってくれちゃいましたか?www

べる (08/19 12:41) 編集・削除

>「アレクの毒舌三連発」

息子というか男性全般にいえる事ですけど、
親しくなると、
あっさりさっくりコンプレックスを突いてくるじゃないですか、
男ってwwwwwww

そんで、匂い立つような早熟の天才君ではなく、
30も半ばを過ぎてしっかりしてくるような、
晩熟型の明るいイイ男にアレク君が描かれていて,
ツボに入りました。

このアレク君はリアルだわ♡
いるいる、こういう男。
結構好き。
そんで、宇宙で唯一対等な人物である息子タンに
振り回されるヒルダが可愛いっす。
萌え☆

ごん (08/19 22:16) 編集・削除

どうもです。結局こちらでも皇帝の外戚となる双璧(爆)
というか、こっちではみったんの血もしっかり入ってますし。

>ロイエンタールとリヒテンラーデ一族という二重の反逆者の血脈は、こうして増殖し続けているのだ。
ひどいっ(笑)がん細胞とか害虫みたいにっっ!

>22歳差のアレクとフェリ娘ちゃん
まりっじふぉーらーぶ。でも、ケスラーみたいに22歳差の相手とたまたま遭ってならいいんですが……よもや、赤子の頃から目をつけては……いないですよね(汗)

ギリギリ1歳差で舅の面目を保ったフェリックス(爆)
七元帥が全て平伏して頼む内容が、「結婚許してください」というのも凄い光景ですね。平和や……
フェリ娘ちゃん、エルの容姿+エヴァの性格。ある意味女性として最強なスペックな気が(爆)
つつましい性格でもねだるものは、ある意味父方のお祖母様よりすごいのがなんとも。
では。

ゆうやん (08/20 09:01) 編集・削除

帰宅して一気読みしました~。
リセット世界ではそれなりに丸くなって穏やかなヒルダの余生・・・と思ってたらまだまだ波乱??
ドキドキしかしワクワクww

アレク陛下、ヒルダを「母」だと思うともう少し舌鋒も丸くなるのかも?ですが、「父」的に認識してるならあのキッツイ発言も納得できる気がしますww
「父親」って息子にとって越えるべき壁って言いますし。
続き楽しみです。

Jeri (08/23 02:16) 編集・削除

>べるさん
そうそう、男って、時に無神経に核心を突いてくる生き物なんですw
ヒルダの本質を見抜きつつ、それでも母に対する愛情や憐れみのようなものをしっかり持ってるアレクくんを気に入って下さって嬉しいです。

>ごんさん
実は、アレクは、フェリ娘が生まれた時から、両親の容姿で見込みをつけ、フェザーンの最新機器で、成長後の姿を見て、密かに決めていたんです。(嘘w)
だったら、フリードリッヒ陛下より強者ですな。
ちなみに、フェリ娘は、表面慎ましく出来る性格ということになってます。その点ではエルより凄い女かも。

>ゆうやんさん
原作のヒルダのキャラって、完全に中身が男化しているので、アレクに「父親」と認識させることで、その部分を突っ込んでみました。
先程最終回を投稿したのですが、宝塚の舞台も近く、ライヒルが公式カップリング化されていく中で、なぜあえてこんなものを書いたのか、次回記事で言い訳するつもりです。

リセット-寂寞の皇后-(15)

あれからまた、長い時間が流れた。
ヒルダの監禁生活は、既に数十年になっていた。
国営放送のソリヴィジョンを見ることだけ許されているヒルダには、外部の情報には不自由していなかったが、何を聞いても今の彼女には空しいばかりであった。
マクシミリアン帝は、18歳で親政を開始すると、摂政府は解散し、既に老年になっていた建国の功臣達も後進に後を譲って第一線を退いた。
最も意外だったのは、幾つになっても若さと美貌を誇っていたエルフリーデ嬢が、内乱の3年後にあっけなく世を去ったことだった。
内戦中に戦艦内で大量の放射線を浴びてしまったのが間もなく発覚し、ロイエンタールの後を追うように静かに息を引き取ったとのことだった。
だが、それを聴いたヒルダは、彼女を不幸とは思えなかった。
キル子同様、自分がどれ程あがいても手に入らなかったものをずっと独占していたこの女性を、ヒルダは時に妬ましく、時に憎かったのだ。
15年間一度も夫に触れてもらえなかった自分とは対照的に、キル子もあの女も、最愛の男の愛を一身に受けて女としての悦びを存分に楽しんだ短くも濃い一生であったことだろう。
二人は正式な結婚こそしていなかったが、6人の子を儲けた内縁関係は帝国中の知るところであり、生前の本人の希望もあり、子供達は父の墓のある墓地に、わざと少し離して墓碑を建てて埋葬した。
合葬や、ぴったり寄り添うように建てる普通の夫婦墓と違い、この微妙な距離感がいかにもあの二人らしいと一時帝国内で話題になった。
成人していない子供達は、ミッターマイヤー夫妻に引き取られて大切に育てられているという。
ルッツとクララの3人の息子達は、共に皇帝の侍従武官となり、親政後は近衛連隊を指揮しているという。
ケスラーとマリーカの間に産まれた二人の娘達は、それぞれミッターマイヤーとワーレンの息子と結婚して、父の汚名を濯いだ。
フェリックスは、両親の遺伝の奇跡と称されたミッターマイヤー家の娘で絶世の美女と評判の幼馴染と士官学校を卒業すると直ぐに結婚し、ミッターマイヤーは、親友ロイエンタールと縁戚になったことを喜んだ。
最も大きな慶事は、26歳のマクシミリアン帝が、多くの花嫁候補の中から、18歳になるロイエンタールとエルフリーデの末娘と結婚し、皇后に迎えたことだった。
ミッターマイヤー夫妻を花嫁の仮親として挙行されたロイヤル・ウェディングは、世にも美しい皇帝夫妻の映像に帝国中が熱狂した。
ヒルダは、自分とラインハルト帝との結婚式を思い出さずにはいられなかった。
あの時、リセット前の時も後も、自分が宇宙一幸せな花嫁であることを疑いもしなかった。
だが、リセット後、キル子が現れ、いとも簡単にラインハルトの愛を奪っていった。
彼女の人生は、今思えばここから狂っていたのかもしれない。
新たな皇后は、母親に似て多産の上、美貌が衰えず、皇帝との間に次々と皇子や皇女を産み、家族を一度に失ったマクシミリアンの心を潤している。
内政も外交も順調に機能し、シルヴァーベルヒ宰相は、その天才的辣腕を同じく天才的頭脳の皇帝と共に、帝国の統治に力を揮っていた。
ロイエンタールの長男で皇后の長兄であるフェリックスが、父親譲りの才覚が認められ、平和の世では異例の若さで元帥杖を授与されたとか、ルッツとクララの長男が、中将で近衛師団長となり、ファーレンハイトの娘を娶ったとか、建国の功臣達の血脈は、こうして順調に受け継がれているようだ。
朗報ばかりではない。
退役後もご意見番的な立場で皇宮への自由な出入りを許されていたビッテンフェルトは、悠々自適の隠居生活をおくっていたが、昼間は元気に皇宮の中庭で皇帝と白兵戦技の訓練をしていたにも関わらず、その日の夜突然自邸で逝去した。原因は、風呂場で石鹸を踏んづけて、転倒した拍子に、頭を床に打ち付けた脳挫傷とのことだった。
彼らしいとも言えれば、彼らしくないとも言えるあっけない最期だったが、満足のいく人生であったことは確かだろう。
その翌年には、長年皇宮の生き字引と言われていた女官長のルッツ夫人クララが、皇帝から多額の退職金を下賜されて勇退した。
マクシミリアン帝は、当初の計画通り、立憲体制への移行準備を着々と進め、在位40年を期に絶対権を放棄し、帝位を24歳になる長男ラインハルト2世に譲り、自らは上皇となって、政治の第一線から退いた。
世代交代は確実に進み、再び新たな帝国が動き始めた。
既に、初代皇后ヒルデガルトの名を覚えている者は少ない。
ヒルダのいない外の世界では、何時の間にか40年以上の歳月が流れていた。
80歳を過ぎた老婆となっていたヒルダは、定期的にロボットがカットする白い髪に、深い皺の刻まれた顔には、昔の絶世の美貌の面影はない。
後は静かに終わりの時を待つばかりだった。
もうすぐ、この苦しみから解放される日が来るだろう。
行先は、もうヴァルハラでも混沌<カオス>でも構わない。
この全く動きの無い白いだけの世界から抜け出せるなら、もう何でもいい。

ざーーーんねん!そうは甘くはいかないよ。
あなた、そう簡単には死なないから。

その声は、「時の番人」なの?

まさに何十年ぶりかで聴く声だった。
忌まわしい声だが、今となっては懐かしい。

あなた、こちらの予定表によると、寿命は125歳ということになってるから、あと40年近くはこのままだよ。
正確には、38年と8か月12日と2時間8分。

38年という言葉に、ヒルダは絶望の淵に突き落とされた。
この生活をまた更に40年近くも続けろというのか?

まあ、あなた元々すごい丈夫で、ちょっとやそっとじゃ死なない運命だったからね。
地球時代の諺に「憎まれっ子世に憚る」ってのがあるけど、それを地で行く感じ。
でも、そんな頑丈に生まれてきただけでも、生まれつき難病を患ってる人なんかからしたら、十分羨ましい運命だったんだけどなぁ。
おまけにあなたは、美人で頭も良くて、あなたの言うことを何でもきいてくれる甘いパパの伯爵家に生まれたんだからさ。これ以上何望むって言うのってくらい恵まれてたわけ。だから、ラインハルトくんの愛くらいキル子ちゃんにくれてやればよかったのさ。
そしたら、アレクも死ななくて済んだし、あなたは王朝初期の名皇后として歴史に名を残して、末代まで尊敬されたのにさ。

私は、他の何もいらないから、陛下の愛が欲しかったわ。
それなのに…それなのに…

じゃあ、あなた、父親が有無を言わされずに徴兵されて、戦災孤児になるなんて生活耐えられる?
キル子ちゃんだって、遠縁のキルヒアイス夫妻に引き取られなかったら、娼館行きだったかもしれないんだよ。
或いは、パパがもっとスタンダードな門閥貴族で、「女は大学なんかに行く必要はない。家の為に親が決めた相手と結婚しろ」って言われたら、家庭内クーデターでも起こしてパパを拘束して、自分が当主になった?
それとも、エルちゃんみたく、自分は何も悪いことしていないのに、親達の所為で運悪く流刑とかでもいいの?

ヒルダは、返す言葉が見つからなかった。
自分は絶対的に有能なのだから、いかなる状況になろうとも、平民やリヒテンラーデ一族の娘のようには、ならなかったという自負がある。
しかし、それも全て、自分の考えを認め、自分の行動を支持してくれた父や一門の理解あってのことである。
一歩間違えば、自分も彼女達と同じ運命を辿ったかもしれないのだ。
しかし、それを全て認めるのは、ヒルダのプライドが許さなかった。

あの女がいけないのよ。
キル子さえ現れなければ、私は皇帝陛下の唯一の妻として、幸せだったわ。

じゃあ、もう一度リセットしてみる?

え?

「時の番人」は、思わぬ提案をした。
そう言えば、もう一度だけリセットは可能だと言われていたのを今になって思い出した。
できるの?できるならして頂戴。全部やり直したいわ。お願い。
リセットしたら、寵姫など陛下に薦めたりしないわ。
私が一生お支えして、二人で穏やかで静かな夫婦になるのよ。

年老いたヒルダは、「時の番人」に向かって縋るように懇願する。

いいよ。でも、残念ながらリセットできるのは、最初の世界だ。
新帝国歴3年の7月26日のラインハルト帝の臨終場面からだよ。
それ以外はできない。
あなたの夫はすぐに死んでしまうけど、寵姫もいないし、カイザーの女はあなただけだよ。
子供も勿論、あなたの産んだアレクしかいない。

それでいいわ。あの方が、私だけのものなら、こんな世界よりも遙かに幸せよ。

ヒルダは、「時の番人」の提案を躊躇せずに受け入れた。

了解。では、リセット。

「カイザーリン、貴女なら予より賢明に帝国を統治していけるはずだ…」
ヒルダは、突然、腕を掴まれる感覚に我に還った。
もう一方の腕には、乳児のアレクが抱かれている。
寝台に横たわるのは、臨終間際のラインハルト帝、反対側の椅子に腰かけるのは、アンネローゼだった。
周囲を見渡すと、まだ幼児のフェリックスを抱いたミッターマイヤー夫妻に、文武の高官達が部屋を囲んでいた。
だが、あの忌々しいロイエンタールとエルフリーデがいない。
ルッツもシュタインメッツもファーレンハイトもシルヴァーベルヒもいない。
戻ったんだわ。
最初の世界に戻ったんだわ。
ヒルダは、誰にも判らないように、ふぅっと安堵の溜息を吐いた。
私だけがこの方の唯一の女だ。
そして、腕の中のこの子だけが、この方のだた一人の子だ。

クククッ…やっぱり「自分」を優先したんだね。

「時の番人」の密かな嘲笑は、ヒルダには聴こえていなかった。

ラインハルト崩御後のヒルダは、前の世界の轍を踏むまいと、摂政皇太后として善き統治者たらんと懸命に務めようとした。
ミッターマイヤーはじめ、建国の功臣達も、彼女に心からの忠誠を尽くし、リセット世界のような内乱の兆しは微塵もない。
ただ、リセット世界で垣間見たアレクの成長後の器量が、もしあの世界の通りであるなら、無理をさせず、彼が成人するまでに立憲体制へ移行する下地を作っておこうと考えた。
「偉大な専制君主」たるには、優れた能力や人格を必要とするが、「善き立憲君主」ならば最低限の常識と穏やかで心優しい性格があれば十分務まる。
その方が、アレク個人にとって幸せであることをヒルダはリセット世界から学んだ。
あの世界は幻だったのか?
それとも長い長い夢だったのか?
夢や幻とするにはあまりにもリアルだったが、今の現実を前にすると、やはりあれは自分の不安感が見せた一瞬の間の夢だったような気もする。
だが、それでもヒルダには気がかりなことがいくつかあった。
ヒルダは、ラインハルトの埋葬の為、アレクと共に久々にオーディンの地を踏む。
生前の遺言通り、無事キルヒアイスの墓の隣に葬ると、ヒルダは宿舎とした新無憂宮にキルヒアイスの両親を招く。
キル子の存在がどうしても気になるヒルダは、使者に「ご一家で」と伝えたが、夫妻は二人だけでやってきた。
今はお二人だけでお暮しなのかと問うヒルダに、寂しいがそうですと答えるキルヒアイス夫妻。
ヒルダは遂に、キル子の名前を出し、ご親族に該当するような戦災孤児の少女はいないかと尋ねる。
夫妻は驚きの表情で顔を見合わせる。
すると、母親が、親戚にはそういう娘はいないし、いたら亡くなった息子の代わりにぜひ引き取って育てたいくらいだが、生憎そのような子はいないと言う。
ただ、実は息子のジークフリードの下には7歳下の死産した妹がおり、無事生まれていればその名前を付けるつもりだったのだと付け加えた。ミューゼル家が隣に引っ越してくる前のことなので、無論、ラインハルトもアンネローゼも知らないはずだとのことだ。
ありふれたとは言い難いが、帝国では女の子によく付けられる名なので、偶然とはいえ「皇太后様は超能力をお持ちのようだ」と言って笑った。
生きていたら、亡き皇帝陛下や大公妃様にも可愛がってもらえたかもしれないと、最後はしんみりとしてしまった。
ヒルダは、安心感と少しの疑問を抱きつつ話を聞いていた。
リセット世界のキル子は、元々存在していなかったのだ。
だとしたら、自分が見たラインハルトに愛されたあの女性は、いったい何だったのだろう?
自分と彼との関係に対する自信のなさが見せた幻だったのか?
名前の一致は単なる偶然か?
永遠に答えの出ない疑問を抱いたまま、ヒルダはアレクと共に帝都フェザーンへ戻った。
フェザーンに戻ったヒルダは、今度はエルフリーデ・フォン・コールラウシュの行方を捜させた。
リセット世界で、キル子は憎い存在だったが、彼女の方にはヒルダに対して悪意はなかった。それどころか、最後までヒルダを立派な皇后と思い尊敬していた。
だが、エルフリーデからは、あからさまな悪意が感じ取れた。
公式の席では常に遠慮もなく皇后や大公妃よりも豪華なドレスや宝石を身に着け、大きな青い目から放たれるキツイ眼差しが、「愛されてもいないくせに」と言っているようで、皇帝と寝室を共にすることが無くなったヒルダをあざ笑っているようだった。
皇族でもないのに、まるで見せつけるように次々とロイエンタールの子を出産するのも、ある意味キル子以上にヒルダの癇に障った。
その彼女が、本来の世界であるこちらでどのように生きているのかが気になった。
あちらの世界では、フェリックスの下に大勢いた弟や妹は勿論生まれようがないだろう。
摂政皇太后としてのささやかな職権乱用で、多大な人員を割いて、たった一人の女性を探索させた結果、意外にも半年後にその答えが出た。
れいの「ルビンスキーの火祭り」の犠牲者名簿の作成をノイエラント総督府から受け継いだバーラト自治政府の機関が、それらしき20歳前後の女性の遺骨を提示してきたのである。
あの火災は、焼死と一酸化炭素中毒死との割合が半々だったが、身元不明の遺体は、スペースの都合上そのまま全て保存するのは難しい為、遺留品や身体的特徴、DNA情報をデータベース化して保管倉庫に保存されていた。
5年経っても引き取り手がない場合は、共同墓地に埋葬される予定だった。
エルフリーデと思われる遺骨も、当初は味気ない数字とアルファベットで識別されており、粗末な骨壺に入れられて、バーコードの情報がシールで張り付けられていた。
最初に決め手となったのは、遺留品の豪華な装飾の指輪だった。
ロイエンタール家の紋章が彫られ、上質のダイヤモンドが散りばめられたそれを、オーディンの執事は、亡き先代夫人のものに間違いないと証言した。
そして、ロイエンタールは、なぜか突然邸に居座った娘に、母親のドレスや宝飾品を全てくれてやれと言ったという。
「私どもは、てっきり、あのお嬢様が奥様になられるものとばかり思っておりました」と、執事は使用人を代表して答えた。
早速、遺骨のDNAがフェリックスのものと照合され、親子関係が証明されたので、遺骨は正式にエルフリーデのものということになった。
ロイエンタールは、反逆事件終結後、元帥号を返還されたが、ラインハルトは最初から彼の私有財産には言及していなかったので、彼の莫大な遺産は、法律上唯一の息子であるフェリックスのものである。
無論、まだ幼児のフェリックスに資産管理などできないので、法的手続きの後、養父であるミッターマイヤーがフェリックスが成人するまで管理を任されることになっていた。
ミッターマイヤーは、使用人達の生活のことも考えて、オーディンのロイエンタール邸をそのまま残していた。
フェリックスがもう少し成長し、物心つく年頃になったら、休暇を利用して邸に連れて行くつもりだった。
ミッターマイヤーは、遺留品や使用人達の話から、自分の抱いていたエルフリーデのイメージと実像とが随分と違っているのではないかと思い始めた。
ロイエンタールの遺体は、オーディンに運ばれ、今はロイエンタール家が所有する広大な土地の中に建てられた廟に埋葬されている。
彼の遺体を棺に納める時、検視官は、その右手に何かをしっかり握りしめているのに気づき、死後硬直の始まっていた遺体から引き抜くのに苦労したという。
握り締めていたものは、意外にも女もののハンカチで、最期を看取った従卒のハインリヒ・ランベルツによると、フェリックスを連れて来た女性が残していったものに違いないと言う。
検視官は、そのあまりの握りの強さに、死者の意思を感じ取り、ロイエンタールの遺体は、片手に元帥杖を、もう片方の手には女もののハンカチを握ったまま棺に納められ、その姿で眠りにつくことになった。
『ロイエンタール…卿は、もしかしたら、自分でも気づかぬうちに、最初で最後の恋をしていたのか…』
ミッターマイヤーは、二人の生前、それに気づいてやれなかったことをしきりに後悔した。
妻のエヴァンゼリンは、実は夫より早くそのことを感じていた。
生後半年のフェリックスを引き取り、子育て経験のない彼女は、早速同じ年頃の子供が集まる乳児施設や、エルフリーデがフェリックスを出産した病院まで行って担当者に話を聞いたりしていた。
フェリックスは、世話が行き届いていて、情緒豊かな赤ん坊だった。
エヴァンゼリンは、女性独特の勘で、この子の中に、愛した男の子供を命がけで産んで育てた母親の姿を垣間見た。
ミッターマイヤー夫妻は、二人で相談して、エルフリーデの遺骨をロイエンタールの廟の中に納めることにした。
そして、ミッターマイヤーは、フェリックスが大きくなり、実の親の話をする時がきたら、お前は俺の親友が生涯ただ一人愛した女性が産んだ子供なのだと教えてやろうと思った。
報告を受けたヒルダは、又しても敗北感を覚えた。
自分は、ラインハルトと正式に結婚し、彼の唯一の息子を産んだが、死を目前にした彼の口から遂に妻に対しての言葉はなかった。
遺言は、愛する女性に対するものでも、残していく新妻に対するものでもなく、帝国を託す後継者へのものだった。
彼の心を最後まで占めていたのは、姉と亡き親友だった。
恐らく自分との結婚も、姉が反対すればしなかったであろうこともわかっていた。
無論、アンネローゼはラインハルトが選んだ女性なら、どんな人でも反対などする性格ではないし、元々ヒルダとアンネローゼは良好な関係だったので、反対などするわけがない。
しかし、親友であるミッターマイヤーが何度忠告しても、危険な政敵一族の娘と、とうとう自分から別れなかったロイエンタールと、つい比べてしまうのだ。
それでもヒルダは、自分を奮い立たせた。
何を考えているの?
キル子は元々存在しない、エルフリーデも、もういないのよ。
最後まで生きて、我が子の成長を見ることが出来、夫の偉業を受け継ぐことができるのは私だけなのよ。
私こそが、真の勝者なのだわ。

はは…思うは本人ばかりなり、ってか?
まあ、ヒルダさんもそうでも考えないと生きていけないんだろうけどさ。
それにしても、人間って奴は、そんなに女は男の、男は女の愛とやらが欲しいものかね。俺達には気が知れないけどさ。
さて、こりゃ、ヴァルハラでは見ものだぞ。

「時の番人」の微かな呟きと嘲笑は、既にヒルダの耳には届いていなかった。

コメント一覧

非公開 (08/16 16:00) 編集・削除

管理者にのみ公開されます。

葉子 (08/16 19:30) 編集・削除

>>前の世界の轍を踏むまいと、摂政皇太后として善き統治者たらんと懸命に務めようとした。
が、元の世界にはロイエンタールもエルフリーデもいないけど、こちらの世界にも二人の「恋の形見」だけはしっかりと生き残っているわけで。
まだまだラストまで目が離せません。

※これでアレなBL展開→たとえば成長した凡人アレクが銀河帝国軍のスーパーエリート・フェリックスに入れ込んだ挙句(以下銀倫により削除)…とかだったらヒルダたんいろんな意味で発狂だよなぁ…(BL脳の黒金スキーでごめんなさい)www

フェリックス逃げてー!!!

べる (08/16 20:35) 編集・削除

ブラボ!
コメントを控えて、読者に徹しておりました。
仕上げこそ一番キツい瞬間かなと。
にしても、ロイエルがラブくて涙!

Jeri (08/17 11:49) 編集・削除

>エル死亡理由
あらすじなので端折ってありますが、万が一ちゃんとした小説化する際は、もう一度整合性があるよう理由付けしたいと思います。
最初は、爆破テロが切っ掛けで艦橋が被弾した際に、その場にいた全員が被曝してしまったものの、あの世界ではよくあることなので、そちらの方面の技術は進んでいて、一定期間除去治療をすればどうということはないとでもして、エルはあえてその治療を拒み続け、結果的に自殺行為のような形でロイの元へ早くいきたかった…ということにでもするつもりだったのですが、そうなると、まだ幼児の子供達の育児放棄になって無責任だし、自分の野望を見ずしての自殺行為になりかねないと思い、曖昧な表現にしました。
この回は「あらすじ」なので、細かいところは詰めてません。要は「エルが思いがけず早く亡くなる」という事実が重要だったんです。

>葉子さん
BL展開、私も考えました。
っていうか、フェリ×アレのカップリングは、もう生まれた時からのさだめのようだと原作読んだ当時から思ってました。

>べるさん
いよいよラストです。
原作の扱いがあんまりだったので、ロイエル解釈をおっもいっきりラブくしてみました。
本当にこうだったらよかったのになぁ…という願望です。

葉子 (08/17 13:41) 編集・削除

>>BL展開
あれは運命ですよね(大昔TBS枠でやっていた濃い愛憎ドラマを思い出す)…。つくづく田中先生も罪なお人だwww
---------------------------------------------------
と、今週末ですが大阪で即売会(コミックシティ関西18)があるのでちょっと関東から遠征してきますw配置の感じだと、銀英も10サークルくらいあるかも?

非公開 (08/17 16:48) 編集・削除

管理者にのみ公開されます。

Jeri (08/19 11:41) 編集・削除

>葉子さん
今、インテックスですか?
昔、私も目の前のハイアットに泊まってよく行ったもんです。あそこの朝食バイキングが最高でした。
>大昔TBS枠でやっていた濃い愛憎ドラマ
松村雄基、伊藤かずえ、岡田奈々、山下真司…etcのアレですか?
ネットの無い時代、海外在住でベータのビデオに撮ってもらったあの枠のドラマを2週間遅れで観るのが生き甲斐でしたw

>非公開コメ様
エル娘は、確かにそんな感じで嫁に行きそうですよね。
ブータンの王様は特にモデルにしたつもりはないのですが、先代王はたしかまだ60歳前後で、天皇陛下よりずっとお若いはずです。特に健康上の理由もないはずなのに、息子に譲位したのは、当時のブータン情勢上仕方なかったとはいえ、4人姉妹を妻にしている一夫多妻とかの状況が、対外的に近代君主に相応しくないと自分で判断されたのだと思います。
多分、今の王様は、あの若くて美し王妃様とブータン初の一夫一婦制国王になるでしょう。
>ケスラーと姉様
そうです。私も柊館事件よりも声優繋がりで妄想していますw

そちらのロイエルも更新を楽しみにしています。

リセット-寂寞の皇后-(14)

※4回くらいのあらすじを書いて終わらせるつもりが、何時の間にか小説形式になってしまったので、この回からまた極力あらすじ的文章に戻します。ただし、やはり一部小説化していますので、読み難いのはご了承下さい。

グリューネワルト大公妃謀反により死罪の情報は、ミッターマイヤー艦隊との合流を13時間後に控えたロイエンタール、ミュラー、同盟軍の連合艦隊も傍受していた。
ルッツ同様、流石に帝国の主だった将帥達もこれには一瞬沈黙してしまったが、こうなれば最早内戦は避けられないと覚悟を決めた。
ヒルデガルト皇太后は、アレク帝にとって邪魔な存在を全て排除しなければ気が済まないらしい。
そして、女帝である伯母の前に出頭することが不可能となったマクシミリアン皇子にも、当人の意思に反して異母兄と皇位を争って帝位につく以外、生き延びる道が断たれたことを意味した。

ルッツ艦隊とワーレン艦隊が合流した直後、ワーレンの旗艦サラマンドルの艦橋に、地球教徒が潜入し、自爆テロを実行。ワーレンは死亡し、艦橋は大破。
ルッツは、司令部をサブブリッジに移動させ、残存艦隊を統合して何とか艦隊をまとめたが、兵士達の動揺は大きかった。
ルッツは、念のため、艦隊内に他にも地球教徒が潜入していないか徹底的に調べさせたが、数名の士官が、一室でブラスター自殺していたのを見て、改めて警戒を怠らないよう、通信が回復したミッターマイヤー艦隊にも注意喚起を促した。
幸いだったのは、ワーレンがイゼルローンに残してきた残留部隊の指揮官は、建国当初からの彼の子飼い宿将であったため、ヒルダが送った使者の誘いには応じず、逆に「先帝陛下のご意思に背く謀反人」として要塞内の監獄に収監した。
これにより、イゼルローン要塞は、マクシミリアン皇子派のものであることが確定した。
ビッテンフェルト率いる艦艇は、当初落ち武者のような数だったものの、グリューネワルト大公妃を処刑した皇太后に見切りをつけた各星系の駐留艦隊の司令部の中に、味方する為にはせ参じる者が次々と現れ、ルッツ率いるワーレン艦隊との連合艦隊と合流を果たした時には、1万5千隻あまりに膨れ上がっていた。
ヒルダは、すぐに次の行動に出て、元帥号を与えたばかりのグリルパルツァーとクナップシュタインに先帝の直営艦隊4万隻を与え、ワーレン艦隊とルッツ艦隊の連合艦隊を追討するよう命令を下す。
かくして、フェザーン回廊の同盟側宙域で、17年ぶりの激しい艦隊戦が始まる。
数で勝る皇帝軍だったが、ルッツとビッテンフェルトの巧みな艦隊運用と用兵術の前に、両軍は2日間に渡って互角の戦いを繰り広げる。
業を煮やしたビッテンフェルトが奇襲をかけ、グリルパルツァーとクナップシュタインの旗艦に集中攻撃を仕掛け撃沈させると、二つの司令部を失った皇帝軍は、途端に攻撃のリズムを失い、烏合の衆と化す。
しかし、その隙に運悪くルッツの旗艦スキールニルが被弾し、戦闘不能になる。
司令官のルッツ自身も戦死し、同乗していたクララや息子達は、従卒達と一緒に辛うじて脱出用シャトルで脱出し、ビッテンフェルトの王虎に収容される。
指揮官を失った皇帝軍も退いたので、双方は7割以上の犠牲を出しながらも、戦闘は終結した。
ヒルダは、この結果を、大本営発表として帝国全土に向けて「偉大なる先帝陛下の直営艦隊が、反逆者の手先となったルッツ、ワーレン、ビッテンフェルト等を討伐し、大勝利した」と発表した。
そして、残りの精鋭部隊も、マクシミリアン皇子を擁する他の反逆者どもを確実に討ち、帝国に再び平和と安定をもたらすであろうとアレク皇帝の名で詔を発し、国民を鼓舞した。
しかし、皮肉にもヒルダ自身も推進していたローエングラム王朝のこの15年に渡る開明政策で、既に個人間の通信の自由を得た国民を騙し通すことはできなくなっていた。
逆に、一連の摂政皇太后の行き過ぎた粛清への批判は、ゴールデンバウム王朝時代への逆行を危ぶむ人々の声で次第に膨れ上がり、帝国内各地でデモや暴動が頻発した。
ラインハルト帝は、武器を持たない一般市民に対する発砲を厳しく禁じていたので、各地の治安維持軍も警察も、有効な手段が打てなかった。
報告を受けたヒルダは、暴徒化した者達は、皇帝陛下への反逆者としてその場で処罰することを認める詔勅を出し、発砲を認めたが、これが更に逆効果になった。
遂には、各地の軍までが、ゴールデンバウム王朝的な専制支配の復活に抵抗する姿勢を見せ始め、デモ隊に合流して「打倒!摂政皇太后ヒルデガルト!ジーク・カイザー・マクシミリアン!」と叫び始めたのである。
しかし、ヒルダは動じることなく次の手を打つ。
直営艦隊の残存兵力と、まだ現皇帝に忠実な各星系の駐留艦隊を終結させ、計5万5千隻の大艦隊を編成する。
それを新たに元帥に叙したトゥルナイゼンに1万5千隻の指揮をとらせて先行させ、自らはアレクと共にブリュンヒルトに乗り込み、残り4万隻の本体と共に、ビッテンフェルト率いる残存艦隊を吸収した双璧、ミュラー同盟軍の連合艦隊等を迎え撃つつもりでいた。
だが、彼等の能力を知るヒルダは、いかに数で勝ろうと、トゥルナイゼンや自分が正面決戦を挑んで勝利できるとは思っていなかった。
ロイエンタール艦隊は、ミッターマイヤー艦隊との合流目前に、トリスタンの艦橋に侵入した地球教徒の自爆テロに遇う。
咄嗟にロイエンタールを庇ったベルゲングリューンは上半身が吹き飛ばされ即死。ロイエンタール自身も、左半身の殆どが滅失する重傷を負い、最早助からない状態となった。
それでも、意識を保ったまま麻酔を投与しながら、サブブリッジで懸命に治療を続ける医師団。
だが、既に手の施しようがなかった。
奇跡的に難を逃れた副官のレッケンドルフが、会話が可能なロイエンタールとの最期の面会をさせる為、エルフリーデをブリッジへ招き入れる。
お前はまだ私への償いを終えていないのだから、死ぬことは許さないというエルフリーデに、今度ばかりはお前の願いをきいてやれそうにないと言うロイエンタール。
残念だが、今までの分で何とか折り合いをつけろと言うロイエンタールに、エルフリーデは、「まだ足りないわ」と強い口調で言って認めない。
父親の臨終に立ち会う為に、子供達も集まる。
「まだ足りない。まだお前から全てを奪っていない」というエルフリーデに、元帥号を剥奪された自分は、とっくに全部お前にやってしまっているので、もう何も残っていないと言って、穏やかに最後の冷笑を浮かべる。
17年を共に暮らした男を見るエルフリーデの目に涙が溢れ、持っていたハンカチでそっとロイエンタールの額の汗を拭く。
モニターに、合流したミッターマイヤー艦隊のベイオウルフの艦影が映る。
ブリッジへ駆けつけるミッターマイヤーと幕僚達。
「遅いじゃないか、ミッターマイヤー」
明らかに死相が出ている顔を向け、辛うじてそう言う親友に、ミッターマイヤーはかける言葉がなかった。
同行した幕僚達の中、ベルゲングリューンの無残な遺体に涙するビューロー。
フェリックスと次男、三男はこの状況を把握しているが、下の幼い子供達は、何が起こっているのか解らない様子で、不安そうに母親とミッターマヤーを交互に見ている。
子供達を頼むと言うロイエンタール。
声を絞り出すように、「承知した」と応えるミッターマイヤー。
死ぬに当たって、幼いわが子の行く末を託せる友がいることが、人生最良の幸せだと言うロイエンタール。
エルフリーデに向かって、お前は愛など欲しないと言ったが、俺は最近、そういうのがあっても悪くないと思っていると言う。
「偶然ね。私もそう思っていたところだわ」
と答えるエルフリーデ。
「お前はしぶとく生き抜いて、お前の野望を果たせ」
エルフリーデに最後の言葉を発し、息を引き取るロイエンタール。
父親の遺体に敬礼するフェリックスと次男、三男。
自分の軍用ケープをそっと遺体に掛けるミッターマイヤー。
だが、そうしている間にも、艦隊内では、トリスタン内の爆発により、自分達の要であった大元帥が亡くなったのではないかとの噂が広まって、兵士達が動揺していた。
エルフリーデは、マイクを要求すると、全軍に向かって大演説を行う。
自分の名を名乗り、帝国内で知らぬ者がいないロイエンタールの内縁の妻であることを伝える。
ロイエンタール大元帥は、重傷を負ったが、治療中であり、未だ健在で、全軍の指揮をミッターマイヤー大元帥に託したと語る。
妻同然のエルフリーデの声が低く冷静であることで、兵士達もロイエンタールの生存を信じ、落ち着きを取り戻す。
そして、専横を極めるヒルデガルト皇太后に与する敵艦隊こそ賊軍であり、マクシミリアン皇子を奉じてフェザーンに凱旋することが、ロイエンタールの意思であると言う。
「敵は摂政皇太后ヒルデガルトである!正義と義侠心のある者は、今こそ帝国の為に戦え!」
エルフリーデがそう叫ぶと、兵士達の士気は一気に上がり、「大元帥閣下万歳!」「ジーク・カイザー・マクシミリアン」のシュプレヒコールの嵐となった。
平静に見えたエルフリーデの頬を涙が伝う。
ミッターマイヤーは、ロイエンタールの遺体を棺に納めると、エルフリーデと子供達をベイオウルフに収容し、トリスタンの応急修理を命じる。
ベイオウルフ内でエヴァと再会を果たしたエルフリーデは、無言で手を握り合った。
親友同士でもある互いの子供達も再会を喜び合うと同時に、ロイエンタールの死を悼んだ。
だが、その頃、またしてもヒルダの魔の手が伸びていた。
パーツィバルの艦橋で、急拵えの玉座に座るマクシミリアン皇子を、地球教徒の刺客が襲い、それを庇ったミュラーが重傷を負う。
ミュラーは、マクシミリアン皇子が無傷であることを確認すると息を引き取る。
11歳の皇子は、遂に立ち上がると、全軍にフェザーンに向けて進攻を指示。
長く友誼を温めたミュラーの弔い合戦と士気の上がる同盟軍と共に、ミッターマイヤー率いる帝国軍は、数で圧倒するトゥルナイゼンの先発隊を撃破。その勢いで一気にフェザーンへの進攻を開始する。
トゥルナイゼン艦隊の敗北の報を受けたヒルダは、最終決戦に向けて出陣の準備を始める。
17年ぶりにドックからその雄姿を現すブリュンヒルト。
しかし、皇宮内の皇帝の居室では、誰もが予想しなかった異変が起こっていた。
ケスラー憲兵総監が、アレク帝をブラスターで射殺した後、自らの頭も打ち抜いて命を絶っていたのだ。
マリーンドルフ家の親族であるマリーカを妻に持ち、先帝時代からヒルダの信任篤いケスラーは、この時点で武器を携帯したまま皇帝に謁見できる唯一の人物であった。
ケスラーは、皇宮を脱出する際のアンネローゼを密かに手引きしており、その際、彼女から、もし自分までもが粛清されるような最悪な事態になった時には、主君殺しの汚名を着てくれるよう頼まれていたのであった。
ヒルダが、あくまでもマクシミリアン皇子派との和解を拒否し、徹底した粛清路線を歩むならば、帝国250億の民を救う道は、彼女の権力の根拠であるアレク帝の抹殺以外ないと語った。その為には、自分も甥殺しの罪を甘んじて被る覚悟であると言う。
その時点では、先帝の隠れた遺言により、アンネローゼが女帝に即位することで事態が収拾すると信じていたケスラーだったが、躊躇しながらもアンネローゼの頼みを聞き入れた。
絶対の忠誠を誓ったラインハルト帝の唯一の嫡出男子であるアレクを自ら手にかけることには、最後まで迷いがあったが、アンネローゼまでもが自裁させられ、先発隊が壊滅したことで、とうとう覚悟を決めたのだった。
アレクの遺体を前に、半狂乱になって泣き叫ぶヒルダ。
自分と愛するラインハルトを繋いでいた唯一の存在がなくなってしまった絶望感に我を忘れて号泣するヒルダだが、それでも他人が我が子を失う悲しみは理解できない。(サイコパス?)
皇帝という神輿を失った皇宮は、騒然となった。
計算高い国務尚書は、もはやこれまでと、逆にヒルダを拘束し、艦隊を撤収させて、マクシミリアン皇子派に降伏を申し入れた。
こうして、帝国を二分した内戦は、寸でのところで犠牲を最小限に抑えて終結した。
フェザーンに降り立ち、獅子の泉宮殿の玉座に座るマクシミリアン・ジークフリード。
ミッターマイヤーが、新皇帝の即位を高らかに宣言する。
ヒルデガルト皇太后に協力し、宮廷を牛耳っていた国務尚書他、マリーンドルフ閥の廷臣や官僚達は次々と投獄され、内乱の主犯格として裁判にかけられることとなった。
新たな国務尚書には、一旦シルヴァーベルヒは就き、内政を任される。
軍は、首脳の中で生き残ったミッターマイヤーとビッテンフェルトが、それぞれ大元帥、元帥の称号を返還され、再建を担うこととなった。
獄中のヒルデガルト皇太后に対しては、処刑せよという声が大きかったが、マクシミリアン帝は許可しなかった。
投獄されている皇太后も共犯者達も、全て公正な裁判にかけ、できる限り極刑を避ける方針であると言う。
驚く臣下達に向かって、それができる限り人が死なない世の中を目指した亡き母の願いであると言って大人達を感心させた。
改めてマクシミリアン帝に忠誠を誓う文武の高官達。
ヒルダの処分が保留のまま、新皇帝の名に於いて、内乱終結の功臣達の国葬及び準国葬が執り行われることとなった。当人は、アレクを亡くしたショックで放心状態で、今はまともな会話ができる状態にないらしい。
しかし、新帝は、生母であるキル子のことは、姦通罪の名誉を回復し、皇族の身分を返還しただけで、葬儀は親しい者達のみの内輪で行い、遺骨のみオーディンのラインハルト帝の墓に合葬するに留めた。
周囲が奨めた皇后号を追贈することも拒否し、単にラインハルトの妻として同じ墓に眠ることになった。
それが母の希望であり、あの母には似合っていると、簡素な葬儀に参列したミッターマイヤー家と、エルフリーデとその子供達、クララと3人の息子達の前で言うマクシミリアン。
そして、自分は父のような皇帝にはならないと言って皆を驚かせる。
マクシミリアンは、幼いながらも確固たる統治者像を持っており、自分から戦争をしない、同盟等他勢力との紛争は、最後まで外交交渉で解決する、妻は一人だけ、後継者は男女問わず第一子、自分の在位中30年を目処に、徐々に皇帝の権限の制限を実行し、議会を開き、最終的に立憲体制へ移行させるという考えを打ち出した。
これは、ハイネセン留学中に、ヤンから教えを受けた地球時代末期の先進文化地域の制度を元に考えた計画だという。
キル子の内輪での葬儀が済むと、アレク帝、アンネローゼ女帝、ロイエンタール大元帥、ミュラー元帥、メックリンガー元帥、シュタインメッツ元帥、ルッツ元帥、ワーレン元帥と、元帥号を追贈されたベルゲングリューン等の国葬がしめやかに執り行われた。
また、本来なら主君を殺害した大逆犯であるはずのケスラーの罪を不問に付し、元帥号の剥奪もせず、マリーカとその子供達にも一切の類が及ばないことが告げられた。
ただし、アレク帝に直接手を下した者を国葬で送るわけにはいかず、親族と親しい者達だけで簡素に行われた。
彼こそが、内乱終結の最大の功労者であり、真の忠臣であったことを誰もが知っているだけに、マクシミリアン帝以下、生き残った重臣達にとっても、その処遇は仕方ないとはいえ、残念だった。
一通りの葬儀が済むと、いかに天才的頭脳の持ち主とはいえ、まだ11歳のマクシミリアン帝の摂政府が新設されることとなった。
メンバーは、宰相となったシルヴァーベルヒと、ミッターマイヤー大元帥を同格で筆頭とし、ビッテンフェルト、クララ、エルフリーデ、新たに国務尚書に抜擢されたエルスハイマーと、一時引退したブラッケ、リヒター、ブルックドルフ等建国時の重臣が呼び戻されて構成された。
ヒルダの処分については、未定のままであったが、国務尚書の任を解かれて以来、娘の皇太后によってオーディンの邸に軟禁状態だったマリーンドルフ伯がやって来て、新皇帝の前に跪いた。
伯爵は、自分の一命と引き換えに、娘の助命を乞うた。
娘の罪は自分の罪であり、どんな娘でも自分にとっては、かけがえのない我が子だと訴える。
夫の愛を得られず、息子も権力も失った哀れな女は、これ以上陛下にも帝国にも害を成すことは有り得ないので、どうか無理を承知で慈悲をかけてやって欲しいと哀願するマリーンドルフ伯。
それに対して、エヴァンゼリンもエルフリーデもクララも、「キル子だって、我が子達の命を救いたかったに違いない」と言って一蹴した。
温厚なミッターマイヤーも、何を今更と冷淡だった。
しかし、マクシミリアン帝は、摂政府の反対を押し切って、意外にもマリーンドルフ伯の助命嘆願を受け入れる。
ヒルダは、皇太后の身分を剥奪の上、ヒルデガルト・フォン・マリーンドルフとして終身刑が言い渡され、フェザーンの要人用監獄に収監される。
更に翌年、内乱で命を落した人々の喪が明け、マクシミリアン・ジークフリード1世の即位式が正式に執り行われると、恩赦により、ヒルダの身柄は、彼女が幼少期に度々訪れた旧マリーンドルフ伯爵領の辺境惑星へ移されることとなった。
一辺が50m四方のシールドで囲まれた新たな家が、ヒルダの終の住家となった。
シールドの外へは決して出られないが、一通り生活できるものが揃っている小さな家と庭があり、一見快適な隠居所に見えないこともない。
しかし、ソリヴィジョン放送を見る以外は外部との接触を一切絶たれ、親族であろうが全ての人との面会を禁止された。
洗濯や清掃はロボットが行い、食事は豪華なものではないが、近くの監視棟から一日三食栄養バランスの良いものが自動操縦の専用ワゴンで運ばれてくるのを食する。
本や衣類など本人が希望すれば、差し入れは許可されるが、人との会話は認められない。
電子メール、肉筆の手紙も、惑星の統治を管轄する司法機関によって検閲を受けなければ送信も受信もできない決まりになっていた。
それでも、最初の数年間は、父のマリーンドルフ伯と比較的頻繁にメールのやり取りをしていたが、5年目に伯爵が亡くなると、それも途絶えた。
父が亡くなったヒルダには、手紙のやり取りすらする友も知人もいないことに初めて気付く。
元々頑健で、毎日健康チェック機器が自動で検査を行い、問題があれば食事と一緒に処方された薬が運ばれてくることになっているので、病気にもかからない。
庭に出れば散歩もできるし、家の一階には簡単な運動器具まである。
しかし、彼女は誰一人と会話もできないまま、ここでこの先寿命が尽きるまで生きなければならないのだ。
自殺防止センサーが働くので、自ら命を絶つことも許されない。
これは、もしかしたら極刑よりも重い刑だったのかもしれない。

コメント一覧

葵猫 (08/15 00:07) 編集・削除

ケスラー、マリーカ共々お気の毒すぎ…まさしく貧乏くじを引いてしまいましたね。
ヒルダへの刑、タニス・リーの短編小説白の王妃を思い出しました。
夫=王を殺した王妃に与えられる罰で、高い塔の上に幽閉され、食料その他必需品は全て駕籠でつるして運びいれられるが、人間とは会えない。
白いドレスとベールをつけて、死ぬまで塔のなかで暮らす、というわけです。
ある意味夫ラインハルトの造り上げたものを破壊したヒルダには相応しい罰かもしれませんね。

ごん (08/15 01:21) 編集・削除

更新お疲れ様です。

エルフリーデの叱咤がすごいですね。
まさに「いてまえ!」

バタバタ人死にが出ておりますが、ロイエンタールとエル、ミッタは二人とも間に合えたので原作より幸せな臨終かなあ。体半分吹っ飛ばされた親父見ても動揺しない長男~三男がすごい。

ケスラーはこう来ましたか。アレクも可愛そうです。ヒルダ討っても良かった気はするんですが、そうすると残存勢力が担いじゃうからという考えだったんでしょうか。
では。寝ます。

あすか (08/15 03:19) 編集・削除

 以前にコメント書かせて頂いたこともあるあすかと申します。ライヒル大ファンですけれども、興味深く読んでます。こんなことならばヒルダは原作でもラインハルトと結婚しなければ良かったのに、とライヒルファンにあるまじき事まで考えてしまいました。ヒルダはヒロインとして中途半端で、どうせならばラインハルトが3巻でフラグを建てた「自分を継ぐ自分より能力がある人物」という役回りで、ラインハルトの恋人役が必要ならばそれこそキル子の様な別のキャラが担当すれば良いじゃないかと思ってしまいました。ラインハルトが子を残せばその子を支える帝国宰相になるかとか、ラインハルトの子供がいない場合は非世襲制の国家元首「銀河帝国総統兼帝国宰相・国防軍総司令官」(別に銀河合衆国大統領でも銀河人民共和国国家主席兼中央軍事委員会主席でもいいけど)担っていた方が、原作でもすっきり感があって良かったし、このお話の様な惨劇にもならずにすんだのに、と思いました。やはり、銀英伝が3巻完結から10巻に伸ばした商業主義の負の側面ですね。(でも、3巻で銀英伝が名作になったかと思うと少し疑問で、同じ時期に田中先生が書いている、「唯一完結させた(これ本当です)」シリーズでマヴァール年代記という本があるのですが、全3巻で、中世風騎士の話で用兵と大会戦もあって、それなりに面白かったけれども、どろどろとした陰謀と裏切りばっかりで、最後は登場人物皆殺しという、まさに昔スターリンが言ったという「死が全てを解決する人間が居なければ問題は存在しない」という名言を地で行く小説になってます。3巻でおわりだったら、銀英伝もこんな終わり方になった可能性もあるので一介に伸びたからダメとは言い難いのですが)。閑話休題。
 やっぱり、ヒルダを本物の銀英伝のヒロインにするには、リップシュタット戦役直前というラインハルトと出会うタイミングが遅すぎますね。歴史ならば面白いけれども、ロマンスではどうかと。いっそ、ラインハルトが13歳、ヒルダが12歳くらいで出会えば、思春期の勢いで15歳くらいで恋人になるのではないかと妄想してそういう二次小説を執筆して、データが消えちゃったことがあります。ラインハルトの父セヴァスチャンが早く死んで、未成年のアンネローゼが皇帝に弟の後見人さがしを依頼して、選んだのが聖人君子のマリーンドルフ伯フランツだった。で、ヒルダに出会って、ヒルダに「ラインハルト、少し俗っぽいけどいい名前ね。」なんて言われる。二人で冒険したり、議論したり、テロに巻き込まれたりするうちに吊り橋効果なのか恋におちる。でも、一介の帝国騎士と名門貴族の令嬢(跡取り娘)ではどんなに愛し合っても、悲恋物語の題材になるのが関の山。そんなの嫌だ!姉を奪った皇帝も、自分たちの仲を認めない貴族社会も潰してやる!って、二人で意気投合して、ヒルダはキルヒアイスに続くラインハルト3番目の同志で恋人に、キルヒアイスも死なないハッピー銀英伝、ラインハルト皇帝即位式ではライヒル結婚式とキル姉結婚式も同時開催、って妄想しております。でも、このヒルダ呂后(この人は高祖がまだ街のチンピラだったことから高祖の夫をしていたのですから、幾ら粛清が酷くても、子供を突き落すような盗賊の親玉の妻をずっとしてたという点ですごいですが)化小説も面白かったです。長々とすいません。頑張ってください。

葉子 (08/15 16:25) 編集・削除

>>「お前はしぶとく生き抜いて、お前の野望を果たせ」
ここまできても、最後の最後がどうなるのかハラハラどきどきです。原作ではおそらく一番の勝ち組ヒルダたんと負け組(と思えなくもない)エルフリーデたんの骨肉の争いの決着が気になる今日この頃。

>>残念だが、今までの分で何とか折り合いをつけろと言うロイエンタール
やっぱり死んじゃったよ…(滝涙)。
おそらく生前、軍服ズ(上の3人)には「おれに何かあったら、おれの代わりにエルフリーデを守れ」って遺言してたりするんじゃなかろうか…(涙)。

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夏コミ[コミックマーケット82]レポ
銀英は10(金)、東4ホールでした。サークルカットで数えると20+6(他田中芳樹作品)。カップリングも多様化したなー、と思いました。ロイ×ヤン、逆双璧(=ロイ受)とかは90年代には見なかった気が…。
あと、オン/オフに限らず、読者・執筆者が歳を重ねて社会人・主婦層になった結果(?)、男女カップルものが徐々に増えている様子。自分の人生経験で、書くキャラが成長するのも、長寿ジャンルの醍醐味のひとつかもしれません。

※コミケにもついにオンライン申込が登場!びっくり(まだ完全オンラインではなく、国外から申し込めませんが、クレジットカードで参加費決済とか、便利になったねえ…。隔世の感)

Jeri (08/16 12:45) 編集・削除

>葵猫さん
原作ではラインハルトの主要幕僚の内、ミッタと並んで私生活が幸せなケスラーを、あえてこちらでは逆にしてみました。(鬼)
「白の王妃」は残念ながら読んでいないのですが、この世界でのヒルダの所業に対していの刑罰としては一見非常に軽く、よく考えるととても重いものとして考えました。

>ごんさん
>ヒルダ討っても良かった気はするんですが、そうすると残存勢力が担いじゃうからという考えだったんでしょうか。
そうです。
ヒルダの権力の根拠はアレクですから、もしヒルダ一人殺しても事態は全く変わりません。
多分、野心家の国務尚書あたりが、またアレクを担いで今度はもっと酷いことになるはずです。
アンネローゼはそれがわかっていたので、あえて非情なことをケスラーに頼んだのです。
ちなみに、ここのケスラーは、マリーカの前ではおくびにも出せないし、口が裂けても言えないのですが、姉様に対して密かな純情を抱いています。因って、姉様の頼みは断れない男ということになっています。
どういう因縁かはご想像下さいwww

>あすかさん
ライヒルファンには目を覆いたくなるような描写満載なので、読みたくない人ばかりと思っておりました。
私も、ラインハルトとヒルダの出会いは、戦記ものや歴史劇としては、まあいいとしても、ロマンスとしては×だというご意見に賛成です。
ラインハルト自身がもっと大人のキャラなら出会いが遅くてもよかったと思うのですが、あっち方面に関しては極端にお子ちゃまなので、まだ地位も権力も持つ前から出会っている女性でないと、本当に心を許せないし、姉様やキルPと同格の存在に成り得ないかったのだと思います。
私は、アンネローゼが後宮入りする前の時点の10歳と9歳頃からの付き合いならと思っていたのですが、あすかさんの12、3歳というお話しも面白そうですね。
個人的には、あの二人がラブラブな恋愛関係になれるとしたら、ラインハルトが異例の出世をしているとはいえ、まだ権力にはほど遠かった将官になりたての頃、17、8歳くらいが限度なのではないかと思っています。
そういう意味で、某所様の「18歳のラインハルトと17歳のヒルダが出会っていたら」というIF小説を楽しみにしているのです。

>葉子さん
>「おれに何かあったら、おれの代わりにエルフリーデを守れ」って遺言
そうかもw
原作のロイさんもあのまま大親征なんかなくて、フェリの出産に立ち会って、次々と子供が産まれるうちに「ロイエンタール家は俺で終わりさ」発言が周囲の笑いのネタにでもされてれば案外いい人生だったかも。

夏コミレポありがとうございます。
思ったよりサークル数が多くてびっくりしました。
>ロイ×ヤン、逆双璧(=ロイ受)
ネット世界では結構前からありましたので、本出したくてウズウズしてた人がいたのかも。
私も最初、逆双璧はともかく、原作で一面識もないはずのロイ×ヤンってどうして?と思いましたが、よく考えてみればスポーツマンガのBLなんて一度対戦したらカップリングになりますからね。
そう言えば、ヤンとロイはイゼルローン攻防戦で一度互角の戦いをしてるんだっけとか思い出しました。
ノーマルの人には永久に理解不能な世界でしょうw

>男女カップルものが徐々に増えている様子。自分の人生経験で、書くキャラが成長するのも、長寿ジャンルの醍醐味のひとつかもしれません。

殆ど801小説専門だった私が、こんなものを書き始めたのも、その部類かもしれません。

通りすがり (06/13 18:39) 編集・削除

通りすがりに失礼します。

だいぶいまさらですが、黒ヒルダ、引き込まれて一気に読んでしまいました。

特に圧巻はこの回です!


>お前は愛など欲しないと言ったが、俺は最近、そういうのがあっても悪くないと思っている
>偶然ね。私もそう思っていたところだわ

いやもう、つんでれカップルの愛の極みですな。
つんでれカップルが大好物な私には鼻血もんでした。
実際には鼻血は出なかったけど、涙は大量に出ました。。。

欲を言えば、お父さんなロイを見てみたかったです。
エルの方はちゃんとお母さんしてるんだろうと想像つくけど(さぞかし厳しいお母さんなんだろうなあ)、お父さんなロイは想像しにくいのです。
フェリックスくらい育った息子に対しては人生の先輩的なお父さんをぼんやり想像できますが、小さい子とか、まして娘とか。
しかもたくさんいて、いかに豪邸でもうるさそうだし。
(書斎だけは聖域にして帰宅するとそこに引き籠っちゃうとか?)
それに、そのままでは子供の目には険悪にしか見えないであろうつんでれカップルが子供たちの前ではどんな「両親」だったんでしょうね。

どうもありがとございました

リセット-寂寞の皇后-(13)

国営放送の電波塔を占拠したアンネローゼを擁する女帝派達は、そのままその場で皇太后からの返答を待った。
「お許し下さい。大公妃殿下…いえ、女帝陛下。お静かなお暮しをご希望だった貴女様に、このようなことをお願いしてしまい…」
メックリンガーが、沈痛な顔で詫びた。
「いいえ。私もこうするつもりでした。考えてみれば、こうなった原因は、私があまりにも弟達のことに何も言わな過ぎたことにあります。私が下手に口を挟まないことが一番いいことだと自分に言い訳して、実は面倒なことから逃げていたのかもしれません。その皺寄せが、このような形で多くの人々の命を奪う結果になってしまうとは夢にも思いませんでした。本当に申し訳なく思っております」
アンネローゼはそう言うと、同行しているシャフハウゼン子爵夫妻に向かって深々と頭を下げた。
ヒルダの勘違いによって粛清されてしまった元侍従長のハッセルバック男爵は、養子に出た子爵の弟であり、元宮内尚書のベルンハイム男爵とも親族で長年友人付き合いをしてきた間柄だった。
「とんでもございません。女帝陛下。弟もベルンハイム男爵も女帝陛下をお恨みなどしておりません。私どもも1日も早くこの内乱が終結することを祈るのみです」
「そう仰って頂けると、私も行動を起こした甲斐があります」
人のいい子爵の寛大な言葉に、アンネローゼは幾分救われて、もう一度深く礼をした。
尚も恐縮する子爵夫妻の前で、アンネローゼはゆっくりと陽の落ちる窓の外に目を遣った。
「あとはヒルダさんが、私の言うことを聞き入れて下さるといいのですが…」
そう呟いた時、侍従の一人が部屋に飛び込んできて、皇太后から返信が来たことを伝えにきた。
ヒルダは、意外な程あっさりと、アンネローゼの即位を認め、全てに従うので、ローエングラム王朝銀河帝国の女帝として、獅子の泉宮殿にお迎えすると言う。
ついては、すぐに皇宮にお戻り下さいとのことだった。
但し、一つだけ条件として、こちらもアレク“皇太子”の身の保証を絶対条件として要求するので、お供には、女性であるヴェストパーレ男爵夫人と、シルヴァーベルヒ工部尚書、武官ではメックリンガーとシュタインメッツのみを指定するという。
明らかに白兵戦技に長けたビッテンフェルトやファーレンハイトの同行を排除しているのが判る人選だった。
「これは罠です。行ってはなりません」
メックリンガーが真っ先に止めた。
「小官もそう思います。行けば確実に女帝陛下の身に危険が及びます」
軍首脳随一の武闘派に見えて、意外に状況分析に長けたビッテンフェルトも同意する。
実は、この計画の発案者は彼だった。
それにシルヴァーベルヒとメックリンガーが、細かい部分を詰めたのだった。
ビッテンフェルトにしてみれば、内戦に発展して艦隊戦になるのは望むところだが、15年の平和の間に培ったものが全て水泡に帰するのも忍びなかった。
彼個人はそれでいいが、巻き込まれる兵士やその家族、フェザーンという場所柄から、下手をすれば民間人にも影響しかねない。
彼のような男でも、そのように考えられるようになったのは、15年という年月の成せる技でもあった。
だが、アンネローゼは、万が一のことを考えて、皇宮には一人で行くので、誰も伴はいらないと言い出した。
これに対して、ヴェストパーレ男爵夫人とメックリンガーは、何があっても運命を共にすると言って譲らなかった。
アンネローゼが、その決意に折れて、二人のみの伴を認めると、妻子のいるシュタインメッツと、内乱終結後に実務を担うシルヴァーベルヒの同行を許可しなかった。
しかし、誰もが如何にヒルダが専横を極めようと、先帝の姉君であるアンネローゼに対して過激な手段に出ることは有り得ないと考えていた。
皆が想定していたのは、一旦は女帝の即位を認め、マクシミリアン皇子派の復権を認める代わりに、速やかにアレクへ譲位するようヒルダが迫ることだった。
だが、アンネローゼ達3人は、皇宮に入ると同時に、皇帝アレクサンデル・ジークフリード陛下への謀反人として捕えられ、摂政皇太后によってその場で死罪が言い渡される。
「貴女だけには、このようなことをしたくありませんでした」
拘束した部屋にシールドを張り二人きりになると、無表情で言うヒルダに対して、アンネローゼは、自分はどうせ世を捨てた身なのでどうなっても構わないが、どうか自分と行動を共にした他の人々の命は奪わないで欲しいと懇願する。
だが、ヒルダはそれを冷たく退けた。
「なぜです?軍人のメックリンガー元帥はともかく、ヴェストパーレ男爵夫人は貴女とは旧知ではありませんか?しかも、二人とも貴女やアレクに叛意などありません。それどころか、このままではいずれ市民や廷臣達からの不満が募って本当にクーデターでも起こったらと、貴女の身を案じての苦渋の選択だったのですよ」
「ええ。よくわかっていますわ。でも、二人とも有能です。生かしてはおけません」
「ヒルダさん…」
アンネローゼは、最早何を言っても無駄なことを悟った。
「貴女が男なら、国務尚書くらい簡単に務まってしまうでしょうに」
かつて、17歳のヒルダに、マグダレーナ・フォン・ヴェストパーレ男爵夫人は言った。
「あら、男爵夫人こそ、大元帥の軍服がお似合いですわ」
そう返したヒルダの言葉にお世辞も偽りもない。
この女性は、有能なだけでなく、その精神的骨格も逞しい、味方にすれば心強いが、敵に回すと手強い相手となる人である。
ヒルダは、彼女が将来マクシミリアン皇子に与するようになることを懸念した。
それは、メックリンガーも他の先帝の僚友ともいうべき建国の功臣達も同じである。
「アンネローゼ様。私は、貴女と争う気持ちはありませんでした。陛下が、私より貴女の方を大切に思っていることも認めて、それでいいと思ってきました。貴女はあの方の姉君で、私は妻で、あの方の後継者である息子を産むことができたのですから。あの方が貴女を大切に思うなら、私も同じように一生あなたを姉として大切にするつもりでした。でも、貴女は、そんな私の気持ちを解ろうともせず、私よりキル子に心を許し、アレクよりもキル子の子供達を可愛がった。あの方と私が、名ばかりの夫婦となっても、見て見ぬ振りをしていた…」
ヒルダは、この15年の思いをぶつけた。
「ごめんなさい…ごめんなさい、ヒルダさん。私が、もっと何かできることをしていれば、貴女もキル子もこんなことにならなかったのにと後悔しています。でも、これだけは信じて下さい。私は義妹として誰より貴女を信頼していました。私が貴女よりキル子に気を許し、アレクよりもキル子の子供達を可愛がっていたなどというのは、貴女の誤解です。子供を持てない私にとって、皆等しく可愛い甥や姪でした」
アンネローゼの弁明は、逆にヒルダの怒りを更に掻き立てることになってしまった。
この女性は、本当にそう思っていたのか?それとも自分でも気づいていなかったのか?
いずれにしても、よく似た姉弟だと改めて思う。
実際、アンネローゼは、ヒルダとキル子をラインハルトの配偶者として、それぞれの役割の上で評価し、差別して扱ったつもりはなかった。むしろ、当然ながら正妻であり皇后であるヒルダをより尊重してきたつもりだった。
だが、本人も無意識に、どうしても亡きキルヒアイスの面影のあるキル子には、理屈でない愛情が湧くのは仕方のないことであった。
また、平民と変わらない生活レベルの下級貴族の娘として少女時代を過ごし、15歳で父親に売られるようにして後宮に納まった彼女にしてみれば、門閥貴族の家に生まれ、理解ある親の元で大学教育を受けて成人したヒルダよりも、幼くして孤児となり、親族の家に引き取られて育ったキル子の方に親近感を持つのは、自然な心情だった。
子供達に関しても、アレクが決して可愛くないわけではなかったが、どうしても同じ皇宮に住み面倒を見る機会の多いキル子の子供達に情が移ってしまうのは致し方ないことであった。
特に、ラインハルトは、可能な限りキル子と同衾していたので、自然、まだ幼い子供達は、夜母親を恋しがって乳母では手に余ると、伯母のアンネローゼの寝室で眠ることが多かった。
旧王朝の後宮で10年余りを過ごし、人一倍他人を気遣い、できる限り敵を作らない処世術を身に着けたはずのアンネローゼを以ってしても、この状態で公正を保つのは困難であった。
しかし、元はと言えば、これも自分が、この手のことに疎いラインハルトに強く換言しなかったことが原因である。
既に死を覚悟したアンネローゼは、ヒルダに対するこれ以上の説得を諦め、心穏やかにヴァルハラへ旅立つ為の祈りを捧げた。
翌朝、アンネローゼの朝食の食卓には、自裁用の毒杯が供された。
隣室では、既に共犯者であるヴェストパーレ男爵夫人が、見事な最期を遂げたと伝えられていた。
メックリンガーも、未明に自らブラスターで頭を打ち抜いたとのことだった。
『ケスラー元帥、後を頼みます』
アンネローゼは、皇宮を脱出する際に、密かにあることを託した憲兵総監に対して心中でそう呟くと、静かに毒杯を呷った。

グリューネワルト大公妃が反逆罪で死を賜り、自裁したというニュースは、帝国中を震撼させた。
だが、皇宮から戻らない三人に状況を察した他の将帥達の行動は素早かった。
シルヴァーベルヒを初め、主だった文官や、シュタインメッツもファーレンハイトも既に家族を安全な場所に避難させており、ビッテンフェルトと合流すべく宇宙港に向かった。
だが、ヒルダの指示の速さは、それをも上回った。
シュタインメッツとファーレンハイトは捕えられ、メックリンガー同様反逆罪で自決を強要され翌朝その死が公表された。
辛うじて逃げ延びたビッテンフェルトは、同じく難を逃れたシルヴァーベルヒとシャフハウゼン子爵一家と合流すると、僅かな艦艇で辛うじてフェザーンの領宙域を脱出することに成功した。
あとは、何とかルッツ艦隊でもワーレン艦隊でもミッターマイヤー艦隊でも、とにかくまとまった数の戦力と合流を果たすことである。

この一連の粛清のニュースは、ロイエンタール等の連合艦隊とミッターマイヤー、ルッツ、ワーレン等それぞれの艦隊にも通信が傍受され、流石の名将達も一様に言葉を失ってしまった。
「狂っている…摂政皇太后は狂ってしまわれた…」
コルネリアス・ルッツは、自身の旗艦スキールニルの自室で頭を抱え込み、妻のクララを前にしてがっくりと膝をついた。
「あなた…」
クララは、そう言って夫を抱きかかえるようにして、長椅子に並んで腰かけた。
「私も、まさかこんなことになるとは夢にも思っておりませんでした。あれ程私達に対して寛大でお優しかった皇后様が、何故…」
クララは半分本音を言うと、夫に合わせて泣いて見せた。
実を言えば、彼女はその立場を利用して、この15年の間、ヒルダのキル子に対する嫉妬心を煽るようなことをさりげなく、少しづつやってきた。
勿論、悪意を隠し、誰にもそうと気づかれないように上手くやった。だから、表面的にはそれは誰も知らないはずである。当事者であるヒルダやキル子でさえ多分気づいていなかっただろう。
だが、ヒルダの嫉妬心が確実に大きく育っていることは、肌で感じていた。
だから、先帝崩御の後、自分達第二帝妃側の人間が、何等かの冷遇を受けることは、ある程度覚悟していた。
しかし、そのクララにしても、まさかキル子やその子供達が命まで奪われる事態になるとは流石に予想外だった。
せいぜい獅子の泉宮殿から体良く追放され、アレク帝に将来世継ぎが生まれたあかつきには、皇子達の皇位継承権を放棄させられる程度に考えていた。
キル子は元々そんな野心のある女性ではなかったし、自分は何があっても建国の功臣の一人であるルッツ元帥の夫人であるという絶対安全圏にいると思っていた。
ところが、クララの想像を遥かに超えて、ヒルデガルドという女性は、恐ろしい女だった。
そして、今更ながら、自分がこの15年間に行ってきた小さな積み重ねを後悔し、その最大の犠牲となってしまったキル子と殺された子供達に、心中で密かに詫びていた。
だからこそ、絶対に夫達にはこの内乱に勝利してもらわなければならない。
ヒルデガルド皇太后を摂政の座から引きずり下して処刑し、現皇帝を廃してキル子の子であるマクシミリアン皇子を即位させる。
そして、皇子が成人するまで設置されるであろう摂政府には、自分も夫のルッツと共に加わり、当然、夫が剥奪された元帥号も返還させる。
それが今のクララが考える密かな野望であり、同時に自分の責任の取り方だと思っていた。
夫の前では口に出せないが、元々、非世襲の自治領主の元で繁栄を謳歌していたフェザーンで育ったクララには、長男が世襲する「皇帝」というシステムをどうしても受け入れられないものがあった。
しかし、次の皇帝は前皇帝の子であることが絶対条件ならば、せっかく下級貴族の青年が旧王朝から帝権を簒奪したのに、またその旧王朝の門閥貴族を母に持つ皇帝が即位しては王朝交代の意味がないではないかという思いがあった。
とはいえ、フェザーン人の民法上の常識からも、正妻の長男であるアレク皇子の権利は絶対的なもので、下手にそれを否定しても宮廷闘争に発展する恐れがある。
廷臣達もそれを解っているからこそ、発足したばかりの新王朝に波風を立てない為に、アレク皇太子が世継ぎであることを絶対的決定事項としていたのだ。
ずっとキル子の子が次の皇帝になることを密かに望んできたクララは、ダメもとで色々な小細工を試みた。
個人間の通信の自由が許された帝国内のネットワークに、密かにアレク帝が両親に似ず凡庸な少年であり、逆に異母弟のマクシミリアン皇子は天才だという情報を最初に流したのも彼女だった。
勿論、絶対に出所を突き止められないように上手く流した。
一度流すと思惑通り情報は一人歩きし「事実か?デマか?」という議論に発展する。
宮内省も憲兵隊も、これらが果たして「皇帝に対する不敬罪」に当たるかどうかで頭を悩ませていたので、有効な手立てが打てないでいた。
何より、当のラインハルト自身が、開明的君主の矜持にかけて、言論弾圧のようなことを良しとしなかったし、元々彼は、アレクだけでなく自分の息子に帝位を継がせること自体にそれ程執着していなかった。
「その時点で、この世で最も優れた者が宇宙を統治すればよい」
などという言葉を公の場で堂々と発言している。
ならば皇帝などではなく、大統領にでもなればよかったのにとフェザーン人のクララは思ったが、無論立場上何も言わなかった。
後は、熱愛関係にあるキル子と皇帝に、ヒルデガルド皇后が嫉妬して墓穴を掘ってくれることだが、その為の様々な小細工が功を奏したのは、一足遅い先帝の死後のことであった。
故にクララの15年間に及ぶ計略は、ある面では大失敗に終わり、別の意味では大成功だったとも言えた。
ルッツ艦隊は、あと5時間もすれば、ワーレン艦隊と合流できるはずである。
『こうなってしまったのは、私の所為でもあるのだわ…』
キル子の女官長を務めたクララは、夫の前では決して言えない秘密を胸に抱えていた。
フェザーン人の彼女は、元々専制国家である帝国の支配をよく思っていなかった。
しかし、一市民女性の彼女に何ができるわけでなく、固有の武力を持たないフェザーンが、軍事政権の帝国に対抗できるわけがないことも理解していた。
幸いにも占領軍とはいえ、帝国軍は極めて紳士的であり、新王朝も開明的な政策方針だったので、以前の自治領時代とそれ程一般市民の生活が変わることはなかった。
むしろ、自治領時代よりも、法律も税制も公正になり、元々帝国本土より貧富の差の少ない地域が、中流層以下の市民生活が更に向上していた。
そうなると、フェザーン人といえども、帝国の支配を自然と受け入れる風潮となり、クララも思いがけず軍最高首脳と結婚するという幸運に恵まれるに至り、完全に帝国側の人間になっていた。
リセット前の世界では、工部尚書爆殺事件で負傷入院したルッツの担当看護師であった縁で知り合った二人だったが、こちらでは、フェザーンに駐留してきた帝国軍の定期健康診断が、軍病院だけでは間に合わず、フェザーン中央病院にも振り分けられ、偶々ルッツ艦隊の高級幕僚達をクララ達の所属する総合診療チームが担当したのが切っ掛けで知り合った。
ルッツは、新王朝の最高幹部になるだけの人物だけあって、帝国人の男には珍しく女性のクララを看護師という専門職に就く一人の同等の人間として接してくれた。
10年の社会人経験を持つ彼女の人を見る目は確かで、この男なら間違いないと確信できた。
その勘は正しく、彼は誠実な夫であり、3人の子供達の良き父親となった。
無論、専制国家に生きる帝国軍人の彼とは、時にカルチャーギャップを覚えることもあったが、大きな諍いに発展することなく、互いに大人の年齢で知り合ったこともあり、妥協し合いつつも認め合い、この15年で良好な夫婦関係を築いてきた。
婚約当初、たった一つ口に出せない不満だったのは、彼の妻となるからには、生涯頭が上がらない存在、即ち皇帝の妻である皇后が、クララが嫌悪する旧王朝の門閥貴族の女性であることだった。
クララには、先天性の心臓疾患のある妹がいた。
彼女が看護師という医療の道に進んだのもこの妹が切っ掛けだった。
旧暦の21世紀にその技術が期待されたiPs細胞による培養技術は、千数百年を経た現在、本来ならとっくに確立されているはずであったが、13日間戦争によって人類の多くの叡智が失われることとなってしまった。
故に、臓器移植を必要とするような難病を抱えた人々は、旧暦21世紀頃の医療水準のまま、適合者からの移植に頼るしか術はなかった。
クララの妹は、手術や投薬による治療がこれ以上無理と判ってから、何年もの間最優先順位で移植を待っていたのだが、やっと適合者が現れた直後、突然その話が立ち消えとなり、17歳の若さでこの世を去った。
クララが看護大学の卒業を目前に控えた時のことだった。
後で知ったことだったが、帝国本土からやって来た門閥貴族が、金と権力にものを言わせて、それ程緊急性が高くないにも関わらず、無理矢理自分の息子を割り込ませたのだという。
旧王朝の時代には、よくある話であった。
しかし、正看護師となり、その優秀さが認められ、フェザーンでも屈指の設備と技術を誇る病院に勤務するようになると、皮肉なことに帝国本土からのVIP患者に接する機会がそれだけ増えていった。
彼等の中には、本当に最先端医療を必要とする難病患者から、政争に敗れて身を隠す為の仮病に近い者まで様々だったが、徹底した血統主義と吐き気が出そうな選民意識とは共通していた。
当時上級大将だったルッツの婚約者として、ヒルデガルド皇后に初めて謁見した時、クララは即座に、彼女がこれまで見てきた旧王朝の門閥貴族達と根本的には全く同じ人種であることを見抜いた。
しかも、もっと性質の悪いことには、本人に全くその自覚がなく、なまじ賢いだけに、自分がどう振る舞えば、皇帝を初め、現王朝の中核を占める下級貴族や平民出身の軍首脳や官僚達から信頼を勝ち得るかをよく解っている点だった。
皇帝も夫となるコルネリアスも、彼女が単に有能なだけでなく、身分の隔てなく誰にでも公平に接することができる、門閥貴族としては稀有な存在だと信じ込んでいる。
クララはそこに、純粋培養の高級軍人達の、意外な鈍さを垣間見た。
だが、その年30歳になろうとするクララは、あえてそれを誰に言うつもりもなかった。ただ、国家の元勲の夫人となる身としては、ヒルデガルト皇后には、特別好かれも嫌われもしない程度に、適度に距離を置いてつきあっていきたいと思っただけである。
そんなクララに転機が訪れる。
なんとあの潔癖を絵に描いたような皇帝が、寵姫を迎えるというのである。
第二帝妃という名目でラインハルト帝のもう一人の妻となるのは、元々平民出の大公女で、かつて夫の上官だった亡きキルヒアイス元帥の義妹だという。
キル子というその少女のことは、平民の出身で大公女の称号を与えられたとして世間で話題になっていたので、クララも一応知っていた。
クララは、皇帝の姉であるグリューネワルト大公妃からルッツを通じて、結婚後にキル子を女官長という名目で補佐してくれないかと打診される。
キル子は、元々平民出の上、オーディンの地方都市出身の田舎娘で、フェザーンにも慣れていない上に、いきなり皇帝の妻の役割を果たすのは大変なことになるだろうと心配した大公妃が、フェザーン人で誰か気の利く女性で、彼女をサポートできる人はいないかと周囲に訊いて回ったのだという。
名目上は女官だが、実際にはキル子の良き相談相手として、友人や姉のような存在になってくれる女性がいいというのが、大公妃殿下の意向だそうだった。
そこで、白羽の矢が立ったのが、ルッツの婚約者で、優秀な看護師であり、人生経験も社会経験も豊富なクララだった。
クララは、夫からこの話を聞いて快諾した。
自分が皇室に近い場所にいることは、夫のルッツの為にもなることだし、何よりも皇帝自身が惚れ込んで寵姫に迎えるというキル子の傍にいることは、あの無自覚なエゴイストであるヒルデガルド皇后に対しての爽快感があった。
クララは、キル子とはすぐに打ち解け、公式の場以外では本当の姉妹のような関係になっていった。
彼女の純朴なところが、若くして亡くなった妹を連想させたのかもしれない。
キル子のもう一人の“姉”役であるミッターマイヤー夫人ともすぐに仲良くなって、いつしか三姉妹のようになっていた。
職業人としては一流でも、その分家事が不得手だったクララは、エヴァンゼリンが振る舞ってくれる料理にすっかり魅了されてしまった。
看護大学時代から寮生活をし、そのまま職務に就いてからもずっと食堂のセルフサービスの食事を当たり前に思っていたクララには、この世にこんな美味しいものがあるのをこの歳まで知らなかったことが悔やまれた。
エヴァの料理に餌付けされてしまったらしき人物は、もう一人いた。
ロイエンタール元帥の愛人であり、その息子を出産したエルフリーデ・フォン・コールラウシュ伯爵令嬢である。
クララは、仮皇宮の大広間で最初に彼女を見た時、その豪勢な装い以上にエルフリーデの若さに驚いた。
一児の母だというのに、彼女がまだ18歳であることを、周囲があまり問題視していないことに、つい数年前まで後宮制度のあった帝国人との感覚のギャップを感じた。
既に実権を失ったはずの貴族のプライドを隠そうともせず、階級意識が丸出しの、キル子とは正反対の気質を持つこの少女を、クララは不思議と嫌いではなかった。
それどころか、逆にそれが何とも可愛く感じられるのだ。
ヒルデガルト皇后のような偽善者的なところがないのが、かえって安心できたのかもしれない。
門閥貴族に対してこんな感情を持ったのは初めての経験だった。
そして、決して言葉には出さないが、彼女もなぜか同じ門閥貴族のはずのヒルデガルト皇后を嫌っているらしいことが判るに連れ、何となく愉快な気持ちになった。
更に、彼女以上に態度には出さないが、エヴァンゼリンも、自分と同じようにヒルデガルト皇后と距離を置こうとしていることが感じられると、改めて自分の勘の正しさを確信するのだった。
ヒルデガルト皇后は、どうやら同性の評価が極端な人らしく、自分のように内心で嫌っている人間と、逆に皇后の親族で、後にケスラー元帥夫人となるマリーカ嬢のように崇拝と呼ぶに等しいくらい慕っている人間とに二極化していた。
しかし、自分のように彼女を嫌うのは少数派であり、殆どの人間は、男女問わず概ね彼女の聡明で人当りがいい如才なさを好意的に捉えていた。
素直な性格のキル子もその一人で、寵姫である自分に寛大な皇后の人柄を尊敬していた。
だからクララも、キル子の前では皇后を悪く言うことは一切しなかった。
後になって考えれば、人の言葉を額面通りに受け取りがちのキル子に、もう少し警戒心を持たせてもよかったのではと後悔している。
ともあれ、クララは皇帝からも祝の品を下賜されるという栄誉の中、無事ルッツと結婚式を挙げ、帝国軍の上級大将夫人となった。
直後にキル子も第二帝妃として正式に皇室に迎えられ、アレク皇太子と共に東宮殿に移った皇后に代わり、皇宮でラインハルト帝と暮らすことになった。
クララは、女官長とはいえ、重臣の夫人として皇宮に住み込むわけにはいかなかったので、自分の下で働く女官には、かつての同僚や親族の未亡人などを雇用するよう願い出てあっさり許可された。
住み込みの女官には、看護師時代の先輩に当たる女性と叔母の一人を推薦した。いずれも既に成人している子供のいる未亡人で、世慣れた年配者だったので、後にキル子の懐妊や出産にも大いに活躍してくれた。質素なアパート住まいから皇宮内に自分用に一室を与えられた彼女達が、クララに感謝しないわけはなかった。
通いの侍女には、看護師時代の後輩で、使えそうな者や若く見栄えのいい娘を選んだ。
彼女達は、いずれもルッツ艦隊や宇宙艦隊司令部の若手将官と自然に出会うチャンスを与えられ、次々とルッツ夫妻の仲立ちで結婚していった。
彼女達も、当然クララに頭が上がらない立場となり、気が付けば宮廷内に一大勢力を築くに至っていたのだった。
皇太后の豹変後、謹慎中のルッツ一家が、いち早くフェザーンを脱出できたのも、彼女達の人脈のお蔭でもあった。
クララは、こうしてキル子の周囲を自分に忠実な者達で固めると、表面上はいかにもヒルデガルト皇后を尊重し、敬っているという態度を貫いた。
ラインハルトとの初夜を終え、恥ずかしそうに他の女官達に身支度を任せているキル子を残して、クララは、自分の容儀を整えると、真っ先に東宮にいるヒルダに謁見を申し込んだ。
「ご拝謁をお許し頂き、恐悦にございます」
と言って、クララは覚えたばかりの帝国宮廷式の礼をした。
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう、ルッツ夫人。ローエングラム王朝では、今後旧王朝式の仰々しいしきたりは、徐々に簡素化していく方針なのですから」
ヒルダは、クララをキル子の女官長としてよりも、夫の僚友の妻として扱う方針らしく、余裕のある笑みで気さくに話しかけた。
クララは、わざと益々恐縮してみせ、目の前の貴族女の優位性を揺さ振ってやった。
「この度は、皇后陛下の格別のお計らいにより、キルヒアイス大公女が、陛下の第二帝妃となられましたことを御礼申し上げます」
クララは、平伏したままチラリと皇后の顔を除いた。
僅かに瞳を曇らせる表情が見えたが、流石にそれ以上の動揺は見せなかった。
「それはわざわざお気遣いありがとうございます。大公女殿下には、変わりありませんか?」
「はい。昨夜、無事陛下のご寵愛を賜り、今朝は執務室に向かわれる陛下を典礼に則ってお見送り致しました。この上は、私どもも一丸となって大公女殿下をお支えし、第二帝妃としてのお役目を一日も早く果たされますよう誠心誠意お仕えする所存でございます」
「…そうですか。あなたのような方が、傍にいてくれるだけで、大公女も心強いでしょう。私からもよろしくお願いします」
正妻の威厳と、よく出来た妻を演出するヒルダの声が少しばかり震えていたことが、クララは密かに愉快で堪らなかった。
自分の夫が、昨夜他の女と寝たことを報告されたのである。しかも、「一日も早くお役目を果たす」即ち「できるだけ早く夫の子供を産む」と言われて、それを「よろしくお願いします」と言わなければならないのである。
『だから帝国貴族なんかに生まれるもんじゃないわね』
部屋を出たクララは、小さく舌を出しながら、心中でそう言って哂った。
キル子とラインハルトとの夫婦生活は、当初の数週間くらいはぎこちなかったが、キル子の蕾がほころぶように艶を増していくうちに、徐々に自然になってきた。
あれはまだ一ヶ月経つか経たないかの時ではなかったかとクララは回想する。
その日、早朝から出仕していたクララは、既に身支度を整えた皇帝が一人で部屋を出るところに出くわした。
女官として出仕するに当たって、短期間に詰め込まれた皇宮の作法に則れば、皇帝と寝台をともにした寵姫は、翌朝は必ず皇帝よりも先に起きて湯あみした後、化粧をして髪を結い上げ、略式のドレスを着て執務に向かう皇帝を見送らねばならない。実際、最初の晩から昨日までずっとそうしてきたのだった。
クララが慌てて状況を確認しようとすると、ラインハルトは涼しい顔で、キル子はまだ寝ているので、そのままにしておいてやるようにと言って一人で部屋を出ていった。
クララが、当直の女官を問い詰めると、昨夜はいつも通りの時間に二人で寝所に入ったが、今までになく激しかったらしく、一晩中第二帝妃の声が、次の間に控えている彼女達にも聴こえてきていたという。
クララが、「失礼します」と言って寝室に入ると、寝台の上のキル子は、寝ているというより失神している状態だった。
寝室に焚き込めた媚薬効果の高いといわれている香が、まさかこんなに良く効くとは思ってもみなかった。
女官達の声に漸く目覚めたキル子は、ラインハルトがいないことにひどく動揺した。
陛下ご自身が、そのままでいいと仰っていたと女官達が宥めても、泣きじゃくってパニック状態だった。
クララは、「私にお任せ下さい」と言って、一計を案じると、すぐさま部屋を出て皇帝に謁見を申し込んだ。
15分程待たされただけであっさりと謁見の間に通されたクララは、殊更身を低くして、キル子の非礼を大げさに詫びた。確かにこれが旧王朝のことであれば、寵姫も女官も即刻暇を出されるか、下手をすれば、不敬罪で死を賜ってもおかしくないことであった。
無論、今の皇帝がそんなことはしないのは、クララは十分承知の上だった。
玉座の衝立の後は執務室となっていて、今の時間は皇后が政務を補佐する為にいることがわかっていた。
当然、ヒルダにこの会話を聴かせるのが本当の目的である。
「これは、全て私のような帝国の作法に疎い者が女官長などというお役目を頂いてしまった所為でございます。大公女様におかれましては、未だお若く、宮中の慣習にも不慣れ故のことと、何卒…」
クララがいい終えぬうちに、ラインハルトの鈴を転がしたような笑い声が室内に響いた。
「貴女が謝ることなどない、ルッツ夫人。あれは予がキル子を疲れさせてしまったのが悪いのだ。キル子にも気にしないよう伝えてくれ」
「ですが、大公女様は、陛下をお見送りできなかったことを大変気に病んでおられ、二度とご寵愛を賜れないと言ってお嘆きになっていらっしゃいます」
「そんなバカなことはない。ルッツ夫人にもこの際はっきりと言っておくが、予は旧王朝の非合理で無意味な宮廷の慣習など、いずれ全て廃止するつもりだ。キル子には、今夜は仕事が終わり次第、できるだけ早く戻るので、そのつもりで待つように伝えて欲しい」
「ああ…ありがとうございます。陛下。そのお言葉、大公女様にお聞かせしたらさぞご安堵なさることでしょう。陛下の深いお慈悲に、私も感謝いたします」
クララは再び大げさに礼をし、薄らと涙まで見せた。
根が純情なラインハルトは、事情がどうあれ、女性を泣かせたことに罪悪感を覚えたらしく、逆にしきりにクララの忠義を褒め称え、「ルッツは良い妻を迎えたものだ」などと柄にもないお世辞まで言ったりした。
クララは、笑いを堪えながら謁見の間を出ると、真っ直ぐキル子の部屋に戻った。
『どう?聖人君主の皇后様。自分の夫が、若い寵姫を失神するまで抱いたと聞いて、どんな気分かしら?しかもその夫は、今晩もまた同じことをしに来ると約束したのよ』
長い廊下を歩く途中、今の会話をヒルダがどんな気持ちで聴いていたかと思うと、心が躍った。
その夜、皇帝は約束通り午後6時にはお出ましになると、平伏しながら詫びるキル子を抱き寄せ、クララをはじめとする女官や侍従達が大勢いる前で深く長い口づけを贈った。
それが全ての答えと察したキル子は、ゆっくりと身を離すと、漸く笑顔を取り戻した。
それからもクララは、キル子の女官長として忠実に仕える一方で、大嫌いなヒルデガルト皇后への巧妙な意地悪も欠かさず、文字通り宮仕えの憂さを晴らしていた。
キル子が懐妊する度に、公式発表の前に皇后に「ご報告」を行い、皇后からのお祝いの言葉を頂いてキル子に伝えるのも、いつも彼女の役目だった。
これは、いかに皇后が良く出来た女性とはいえ、本来誰もやりたくない仕事であったので、クララはヒルダ付の女官達からも頼りにされるようになった。
キル子から事前に懐妊の兆候を知らされているはずのラインハルトも、ヒルダの立場を考えると自分で伝えるには勇気のいる仕事だった。
しかし、それらとは全く別に、クララは心からキル子の幸せを願っていた。
一生の殆どを闘病生活で過ごし、何もいいことがないまま最後は門閥貴族に生きる希望を踏みにじられて、若くして亡くなった妹の分も、彼女に幸せになって欲しいと思っていた。
その為には、邪魔な皇后が、嫉妬の余りキレて墓穴を掘り、その地位を廃されて晴れてキル子が皇帝のただ一人の妻となり、キル子の産んだ子が次期皇帝となってくれることを願った。
しかし、ヒルデガルト皇后は、クララの想像を遥かに超えて忍耐強いというか、しぶとかった。
逆にキル子の方が、子供を二人産んだ後、皇后様を差し置いてこれ以上自然に任せて出産し続けていいものかと悩んだ時期があった。
クララは、言葉を尽くして説得し、何とかキル子に避妊を思い留まらせた。
元から世襲の独裁体制などに賛成できないクララだったが、ラインハルト帝の血筋を繋いでいくことが絶対の前提条件である以上、血のスペアを絶やさないのが皇帝の子を産めるただ一人の女性であるキル子の役目であり、それを放棄することは、公務を放棄するに等しいと言って窘めると、キル子も思い直してくれた。
元々天涯孤独に近い境遇のキル子にしても、本音を言えばラインハルトの子をできるだけたくさん産んで大勢の家族に囲まれて暮らすのは、彼女の夢でもあった。
皇帝夫妻に夫婦関係がないと知った時には、クララも驚いたが、ならば猶更、キル子の子供は多ければ多いほど将来の可能性が広がる。
ゴールデンバウム王朝は、実際に即位した女帝は最後のカザリン・ケイトヘン一世のみであったが、典範で女帝の即位を禁じてはいなかった。
事実、リップシュタット戦役前には、皇女を妻に持つブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候が、それぞれの娘の皇位継承を主張して暗躍していた。
しかし、実際には、旧王朝下の帝国は、極端な男尊女卑社会であり、フェザーンや同盟に比べて女性の社会進出が極めて少ない上に、財産の相続や結婚、離婚に関する法律なども、圧倒的に女性に不利だった。
ローエングラム王朝になって、民政省は、この男女間の不公正の改革にいち早く乗り出した。現在では、男女同権が帝国本土でも確実に浸透しつつあるが、皮肉なことに皇位継承に関して言えば、この王朝は、男系男子で繋いでいくことが現実的と言えた。
「ローエングラム王朝の皇帝は、自ら全軍の先頭に立つ」
これが、開祖ラインハルト帝の意思であり、それを実行できない者は、即ち皇帝たる資格がない。
しかし、同盟との和平が成り、軍縮が進んでいるとはいえ、帝国軍自体は存在し、皇帝は全軍の最高司令官である以上、新たな抵抗勢力と戦争になったり、定期的に行われる演習には最高司令官として、長期間星旅にあることになる。
これは、身体的に女性には向かない。
故に、必然的にローエングラム王朝の皇帝は男子がなることになる。
クララには、キル子ができるだけたくさんの皇子を産んで、その中からラインハルトの言う「最も優れた者が統治する」形になることが理想的だった。
旧王朝下と違い、フェザーンの医療水準では、余程のことがない限り、夭折や早世はないが、将来何がどう転ぶかわからない。
フェザーンの技術を以ってすれば、男女の産み分けから、人工授精、代理母出産などあらゆる方法で後継者男子を産み出すことは可能だが、皇室はなぜか伝統的に、こうした人工的な生殖を嫌う傾向がある。
ならば、アレク皇太子が即位しても男児に恵まれないまま一生を終える可能性もあれば、その前に皇帝たる器でないと判断され後継者から外される可能性も有り得る。
そうなった時、キル子に複数の皇子がいることは国家としても重要になってくるのだ。
クララは、そんな大義名分を自分自身に対しての言い訳にしながら、本音では、キル子の幸せとヒルデガルト皇后の追い落とし願望を自分の中で正当化していた。
「皇后様って、きっとやってもあまり具合のよくないタイプなんだと思うわ」
女官達の控室で雑談中にそう言ったのは、クララの後輩の元看護師だった。
二度の離婚歴があり、4人の子持ちのシングルマザーだったが、男女のことに関しての知識に長けているだけに、時にその表現は露骨だった。
「まさか、あれ程の美貌と、抜群のプロポーションの方が?」
もう一人の若い女官が眉を顰めるように否定した。
「顔やスタイルは関係ないのよ。時々いるのよね、すごい美人でいい身体していると思って期待してやったら、全然良くないって人。あの方ってその典型だと思ったわ。逆にキル子様は、男を悦ばせる天性の身体を持った方なんだと思うわ」
「いい加減にしなさい。ここは病院の職員用休憩室じゃないのよ」
クララは立場上後輩を窘めたが、内心では思い当たる節があった。
軍最高首脳の妻であり、皇宮でも確固たる地位を築いていたクララの耳には、一般には流れない様々な情報も入ってくる。それらの話を繋ぎ合わせると、どうやら皇帝は、少年時代に、姉君が突然当時の皇帝の後宮に奪われたことがトラウマになって、男女関係には極端な潔癖症で、しかもあれ程の超絶した美貌でありながら、多分ヒルデガルト皇后と関係するまで女を知らなかったのではないかという結論に達するのだ。
クララは、これは十中八九当たっていると思っている。
そして、単なる潔癖症なのではなく、そもそも元々そういった欲求が少ないタイプの男性だったのではないかと予測していた。
だから、ヒルデガルト皇后とずっと二人だけで添い遂げていれば、案外二人とも淡泊な者同士の似た者夫婦として、性的な快楽などとは無縁なまま人生を終えたかもしれない。
ところが、ラインハルト帝がキル子を知ったことで、その均衡が崩れたのだ。
このクララの推測は、ラインハルトにとってはほぼその通りだった。
彼とヒルダとは、ヒルダがアレクを懐妊したあの夜を入れても両手の指で足りてしまう程しか夫婦としての行為をしていない。
原因は、最初に結ばれてからヒルダがプロポーズを受けるまでに時間があったことと、婚約した時点では、ヒルダは既に妊娠5ヵ月に達していて、慣れないラインハルトが妊婦に無理をさせるのを遠慮したことと、出産後、ヒルダの身体が回復してからキル子を寵姫に迎えるまでの期間が短かったことにある。
ヒルダとの行為は、ラインハルトにとっては、ただ懸命に夫婦としての義務を果たすものであり、二人とも特別な快楽や恍惚感とは無縁だった。
ヒルダ自身は、それでもラインハルトに触れられるだけで十分幸せだったのだが、ラインハルトの方は、その味気無さを自分自身の未熟さ故と思っていた。
もしかしたら、カイザーリンは、自分とのこのような行為が苦痛なのではないかそさえ思うこともあった。
ところが、キル子を寵姫に迎え、何度か身体を重ねるうちに、晩生だったラインハルトも性の悦びを知った。そして、キル子と結ばれていると、自分が彼女に心から歓迎されて迎え入れられていると確信できるのだった。それは、ラインハルトの男としての自信に繋がった。
そうなると、元々恋人同士でもなく、互いの恋愛感情を確かめないまま成り行きであのようになってしまったヒルダにとって、最初から自分は皇帝という仕事上の上司に過ぎず、男としては見ていなかったのではないかと思えてきたのだ。
宮内尚書等に薦められて、一旦は正常な夫婦関係を築こうとしたが、拒絶されたことで、それ以上の無理を強いる気になれなかったのだ。
『もし私達の推測が当たっていたとしたら、人間って本当に完璧な人はいないものね』
長い回想を終えたクララは、ワープに入ったスキールニルの窓に目を遣ると、漆黒の闇を流れる星々を見ながら、これから始まるであろう動乱に、改めて身を引き締めた。
『ごめんなさい、キル子。貴女を守ってあげられなくて。だからヴァルハラで見ていて。必ず、貴女の仇を討つわ。そして、あなたの息子を皇帝にするわ。それが私の役目なのだから…』

コメント一覧

ごん (08/11 23:04) 編集・削除

ヒルダさんぶっこわれてますねー。

まあ仕方ないです。こんだけ周囲の女性から呪われてれば。

ビッテンさんが中心人物というのが意外でした。
しっかり生き延びているあたり、原作者(しにがみ)の魔の手を潜り抜けただけのことはあるような。

>寵姫は皇帝より早く起きなければいけない件
だからフリードリヒ4世陛下はねぼすけだったのか。(違うかも)

>借り腹
失礼ですが、何かこだわりがあるのでなければ、ここは「代理母」かと(前後の用語が割と医学系なので)

>男系・女系
ゴールデンバウム王朝は始祖ルドルフの次は孫(娘の子)なのでしょっぱなから女系男子はOKになってたんですよね。その後はよく分からないですけど。

エヴァさんの料理は戦略級の破壊力。(別の意味での破壊力をもつ料理を作る女性が同盟にはいますけど)

>書初めの「重労働」
「超過勤務」がありなら、「要求貫徹」とか「徹底斗争」とかもありかも(笑)(バリゲードこもって立て看板にヘルメット……もはや貴族の言うことでもやることでもないし(笑))
「重労働」の元ネタは昔何かのCMでウルトラマンが「重労働」と書いて満足げに顔を上げる、というのがあったんですよ。われながらくだらないこと覚えてます。
では。

Jeri (08/12 00:55) 編集・削除

>ごんさん
>借り腹の件
早速修正しました。
仰るとおりですね。

>ビッテン
彼は単なる猪武者では絶対ないはず、というのが昔からの私のポリシーなんです。
政変があろうが、内戦になろうが、エイリアンが侵略してこようが、主要キャラでは彼だけは最後まで生き残るというのもなぜか私の中ではデフォなんです。